ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ケス』(1969) ケン・ローチ:脚本・監督

ケス [DVD]

ケス [DVD]

  • デヴィッド・ブラッドレイ
Amazon

 ケン・ローチの監督デビュー作『夜空に星のあるように』のDVDは2年前に買ってあるのだけれども、実はまだ観ていない。
 この『ケス』はケン・ローチの監督第2作で、ずっと前から観たいと思っていた作品だ。「U-NEXT」なら観れるかと「ケン・ローチ」で検索してもこの作品は含まれていなかったのだけれども、先日観ることの出来る作品を全部チェックしようとしたときに見つけた。「ついに観れる!」と、喜んだものだった。

 この作品は、イギリスはヨークシャーの炭坑町に住む労働者階級家族の次男の少年の眼を通して、貧しい労働者階級の過酷な現実を描いた作品といえるだろうか。
 タイトルの『ケス』とは、主人公のビリー・キャスパーが空き地の塀の上に見つけたタカのヒナに名付けた名まえで、ビリーはこのタカを訓練して飼い慣らすのだ。

 ビリーの家は母子家庭で貧しく、兄のジャド(ビリーと血はつながっていない)は炭鉱で働いているが「ゴロツキ」ではある。そんな兄を見ているビリーは「坑夫にはなりたくない」と思っているが、この年は学校の最高学年にもなり、近々進路を決めなくてはならない。
 ビリーは家計を助けるために朝の6時から新聞配達をしてから登校し、そのせいで授業中に居眠りしていることも多い。学校は画一的な思考の教師らと、生徒への懲罰ばかり考えている校長、そして「隠れタバコ」する生徒らばかり。
 そんな中でビリーはタカのヒナを見つけ、自宅の物置で肉や小鳥を与えて育てる。図書館で「タカの調教」の本を借りようとするが、図書館使用の親の承認がないので借りられない。それで町の古本屋でその本を見つけ、盗み出す。その本を読んでちょっとずつタカを調教し、思う通りに自分の腕から飛び立たせ、また腕に帰還させるようになる。
 しかし、兄のジャドともめ事を起こし、ジャドを怒らせてしまうのだった。ジャドの怒りは‥‥。

 ビリーが、広い草原でケスを調教して飛ばせる場面が素晴らしく、観ていても自分の心も空に飛翔するようだ。
 学校でもいつも先生の質問に答えられないビリーだが、ある日「自分の話を語るように」と教師に問われ、クラスメイトが「ビリーはタカの訓練に夢中だ」と言ったことから、皆の前でタカを訓練することについて話すことになる。タカの訓練に使う道具は教師も知らない言葉で、ビリーは黒板にその言葉を書いて説明したりする。
 このシーンはこの映画のひとつのハイライトというか、生き生きとタカの話をするビリーは、いつも居眠りしてばかりいるビリーとは別人のような輝きを見せている。クラスメイトも黙ってビリーの話に聞き入っている。
 教師もまたビリーの話に感銘を受けたようで、「わたしもそのタカを見に行ってもいいか?」と問うのだった。

 わからないが、例え飼い慣れたタカを使っても、使い慣れない人物の言うことは聞かないようには思えるわけで、ここでビリーを演じた少年は、じっさいにタカの扱いに慣れているように思える。もちろんプロの俳優ではないことはわかるが、そうだとしても、このビリー役の子のそれ以外の演技も素晴らしいものがあると思った。

 ビリーとタカを見に来た教師にタカを飛ばせてみて、教師に「タカはペットなのか?」と問われたビリーは、「ペットではない」という。「僕はこのタカの姿を見させてもらっているのだ」と語り、わたしはこの言葉にグッと来てしまった。
 これは、人間と動物との「共生」のあり方を語る素晴らしい言葉で、ある意味「哲学的」とも言えると思う。人間はいつも動物よりも「優位」にあるのではない。
 わたしだって、ニェネントくんといっしょに生きているけれども、そう言われてみるとわたしだって敢えてニェネントくんを「ペット」と意識しているわけではない。「ペット」ではなく、わたしはニェネントが生きることを手助けし、そのことでニェネントくんのそばでわたしが生きることを許されているのだ。そんなことを思った。

 映像は真実味があるというか、決してプロではないはずの出演者のナマの表情をカメラは記録する。そこに、ドキュメンタリーフィルムに似た真実性を感じられる。そのためのカメラの撮影位置とか視点とか、そして編集作業とかは素晴らしい仕事だと思った。
 作品中、教師自身が自分もプレイして審判も兼ね、夢中になってしまって自分勝手に暴走するサッカー授業のシーンには、たっぷり笑わせられてしまった。

 「タカの調教法」という(専門用語にあふれる)本を精読して実践出来たビリーという少年、このまま肉体労働者の中に埋没してしまうのではなく、もっとインテリジェンスある世界へ飛び出れることを望みたい。やはり観れて良かった、心に残る作品だった。