ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ヒッチコック/トリュフォー』(2015) ケント・ジョーンズ:監督

 1962年、それまで「娯楽映画作家」と軽く見られていたアルフレッド・ヒッチコックを「優れた映画監督」と仰いでいたフランソワ・トリュフォーヒッチコックにインタビューを申し込み、アメリカのユニヴァーサルスタジオで50時間に及ぶインタビューを行った。そのインタビューはヒッチコックの映画理論とテクニックを語るものとしてまとめられ、1966年に分厚い書物として出版された。この書物によって、ヒッチコックは「20世紀を代表する巨匠」と認識されるようになり、この書物は映画製作を目指す人々のバイブルとなったわけだ。もちろんこの本は日本でも翻訳出版され(『映画術 ヒッチコックトリュフォー』)、わたしもむかし図書館で借りて読んだのだった。

 その書物の出版から半世紀も経った2015年、その書物を題材としたドキュメンタリー映画が製作されたのだった。もちろんヒッチコックトリュフォーも今は故人だが、その1962年のインタビューの際の音声は残されていて、ここでも使用されている。そしてさらに、現在の映画監督ら10人からのインタビュー映像を得ての作品となった(その10人の映画作家の中に、黒沢清も含まれている)。

 そもそもがオリジナルの書物が、ヒッチコックの作品の演出法や技法を分析するかたちで進行するわけだから、こうしてまさにヒッチコック映画を抜粋しながら語るというのは、オリジナル書物を超えるものではないのかとも思えてしまう。オリジナル本を読む人も、目の前で問題にされているヒッチコック作品を観ながら読み進めたいとは思うのではないだろうか。

 そういう意味ではこの映画は80分と、「原書」のわずかな部分しか取り上げていないともいえるわけで、これはどんだけ長篇になったとしても、「原書」にそって、そのすべてに語られる映画フィルムを添付して製作されるべきだっただろう(そうしてくれたらもう、誰も原書を買うこともないだろうけれども)。
 それでもこの作品では『汚名』、『めまい』そして『サイコ』の、かなり立ち入った分析が映像と共に語られ、見ごたえのあるものになっている。
 わたしなどは映画をぼんやりと観ている人間なので、『汚名』のキスシーンの演出も、『めまい』の車を運転するジェームズ・スチュワートの視線に注目したりもしないのだけれども、「そうか、見せられる映像の背後にはそんなにも<意味>が込められているのかと、驚くばかりであったりする。

 映画史でもっとも重要な作家であるヒッチコックの演出・技法を(断片的とはいえ)映像とともに語る、このような作品がつくられたことはやはり、貴重な記録ではあろうと思ったのだった。