ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『悪人』(2010) 吉田修一:原作/脚本 李相日:監督/脚本

 この原作の吉田修一の小説を、わたしは何冊か読んでいるらしい。そしてこの映画もまた過去に観ているのだけれども、それらはすべて、わたしの記憶障害の谷間の時期のことで、何ひとつ、これっぽっちも記憶していない。監督は李相日で、この人の『フラガール』はちょこっと記憶している。李監督はこのあと、2016年にもまた吉田修一原作で『怒り』という作品を撮り、その作品もけっこう評判がいいみたい。
 この『悪人』では、モントリオール映画祭深津絵里が「最優秀女優賞」を受賞しているが、この年の日本での映画賞は総ナメという感じ。まあわたしは、そういう映画賞を受賞しているからと言って先入観を持つタイプではないが。

 主人公の祐一(妻夫木聡)は長崎の海辺の町で伯父の営む会社で解体作業員をやっていて、「もっと(都会の若者らしく)遊びたい、女の子と知り合いたい」と思っているようだけれども、そういうことを器用にこなす若者ではない。佳乃(満島ひかり)と知り合って関係を持つが、まあ言ってしまえば佳乃は「ビッチ」である。
 佳乃は祐一のあとに旅館経営者の息子の増尾岡田将生)と知り合い、けっこう本気になるのだが、増尾の方は勝手に「彼女ヅラ」する佳乃がうざったく思っている。
 佳乃は祐一とのデートの約束の場所に偶然増尾が来たところから、祐一をすっぽかして増尾の車に乗り込んでいく。増尾は助手席でそれこそ「彼女ヅラ」する佳乃に嫌気がさし、ひと気のない山道で佳乃を車から放り出す。実は祐一はその佳乃が乗って行った増尾の車を距離を置いて追っていて、佳乃が放り出されたところに来て彼女を送ってやろうとするが、逆に佳乃に罵倒され「あんたにレイプされたと訴えてやる!」と言われ、逆上して彼女を絞殺し、道の脇の谷底に遺棄するのだった。

 事件は明るみになり、当初は増尾が犯人と目されて手配されるが、チキンハートで怯えた増尾はひとりで名古屋まで逃走する。しかし追ってきた警察に拉致される。
 佳乃を殺害した祐一のところに「出会い系サイト」で会った光代(深津絵里)からメールが届く。
 佐賀の地方の紳士服店で働く光代もまた、真摯な「出会い」を求めていた。ちょっとした行き違いはあったが、祐一と光代は結びつく。

 増尾への取り調べから、警察は「祐一こそが真犯人」と判断し、指名手配するに至る。祐一は事態を知り、光代を乗せた車で警察署の前に行き、自首しようとするのだが、そのときに光代は彼をとどめ、二人いっしょに逃亡することを決意するのだ(!)。
 二人は岬の突端の、人の住まない灯台に逃げ込む。

 これと並行して、佳乃の父親(柄本明)は娘の殺された事件の概要を聞き、山の中で娘を車から放り出した増尾に会いに行こうとする。

 ‥‥かなり面白い展開の映画だったけれども、わたしが勝手なことを書けば、祐一と光代との逃避行、その灯台での「生活」をもうちょっとしつっこく描いてくれていれば、これはもう『気狂いピエロ』のベルモンドとアンナ・カリーナの逃避行とはまるで違うとはいえ、ちょびっと匹敵するような「大傑作」っていう賛辞を贈ってもいい作品になり得ていたようにも思う。あと10分あればいいのだ。
 灰色の灯台の建物の前に立つ、黒い髪で赤いジャンパーを羽織った深津絵里と、染めた金髪で青いジャンパーの妻夫木聡との対比には、心に残るものがあった。終盤に、警察の追跡に迫られた祐一が「オレはお前が思っているような男ではない!」と、光代を絞め殺そうとするのは、それは最後の祐一の光代への思い、思いやりなのだろうか。これは、ラストに並んだ祐一と光代の映像につながるが。

 祐一の祖母(樹木希林)の挿話や、佳乃の父親が増尾を追うシークエンスも納得するし、「いったい誰が『悪人』か?」というこの映画の主題を後押しするものだろうが、佳乃という女性はそういうところでは「ど~しよ~もない」し、増尾もまた、あまりに「お話にならない」アホであるあたりに、逆にこの映画の奥行きを浅くしてしまったように思ったりもする(樹木希林の挿話はインパクトがあったが)。