ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『拾った女』(1953) ドワイト・テイラー:原作 サミュエル・フラー:脚色・監督

 原題は「Pickup on South Street」。かんたんにあらすじをどこかのサイトからコピーしておく。

スリのスキップは、ニューヨークの地下鉄で、一人の女性の財布をスリとった。ところがその中には、重要機密のマイクロフィルムが収められていた。スキップは次第に、当局と諜報組織のスパイ戦に巻き込まれていく......。

 実のところ、この「諜報組織」というのは当時のソ連のスパイ組織のことで、この作品は当時のアメリカの情勢、世相、「マッカーシズム」を反映しての「反共映画」という側面も持っていた。しかしながら、あのFBI長官のエドガー・フーヴァーはこの映画を観て、「主人公の愛国意識が足りない!」と、けっこう不満タラタラだったらしい。
 じっさいわたしはこの作品を観て、悪役がソ連のスパイだったという以上に、「反共産主義」というメッセージを読み取ることは出来なかった。逆に主人公のスキップ(リチャード・ウィドマーク)には「反共」という意識はまるでなく、単にこれまで「スリとして前科3犯」の身で、今回逮捕されると「終身刑」になる(当時のアメリカの刑法はそうなっていたようだ)のを逃れるため、方策を尽くしていたように見えるだけであるし、自分がスリをはたらいた相手の女性のキャンディ(ジーン・ピーターズ)にけっこう惚れてしまったということもあるみたいだった。

 いちおうこの事件の背後には、「スパイ組織」の一網打尽を目論んでいた捜査陣(主にタイガー警部)と、「自分のやっていることがスパイの手助だ」と知らずに、そのときの自分の愛人のジョーイ(ソ連スパイ)の言われるままに行動していたキャンディと、これまた何も知らずに「国家機密」をスリ取ってしまったスキップ、そしてマイクロフィルムを取り戻そうとするスパイ組織との、一見もつれた関係があるわけで、ここに警察などに情報をタレこんでいるモー(セルマ・リッター)が、あっちにもこっちにも情報(マイクロフィルムを持っているのはスキップだということ)を漏らしてしまい、状況は錯綜する、もしくはモーのおかげでわかりやすくもなる(というか、さいごにソ連スパイのジョーイに殺されてしまうモーの悲しい顛末は、この作品の大きなアクセントになっている)。
 ここでこの映画の主要登場人物は、スリのスキップ、彼にマイクロフィルムをすられてジョーイのためにも取り戻そうとするキャンディ、そのスパイであるジョーイ、そして捜査するタイガー警部、それプラス、タレ込み屋のモーの5人に絞られる。いい絞り方だ。それぞれがコンタクトを取り合うのだが、ラストへ向けてのポイントは、ジョーイだけはマイクロフィルムを取ったスキップの顔を知らなかったということだろうか。このことが、終盤におけるファーストシーンに回帰するような、メトロ内でのスキップの「スリ」シーンを生むことになる。

 この、スキップを演じるリチャード・ウィドマークがかなり魅力的な作品で、この時期のアメリカ映画(この映画を製作した20世紀フォックス映画)で、アクション映画、西部劇、戦争映画、サスペンス映画に欠かせない俳優だったという。じっさいこの映画でも、単なるスリのちんぴらではなく、ゲットしたマイクロフィルムを図書館の新聞マイクロフィルム閲覧コーナーに持ち込み、その内容をみてそれが「国家機密」であることを自ら突き止める、「インテリジェンスある悪人」というところをサラリと見せてくれるし、キャンディとの出会いを「石油を探していたら油田にぶち当たった」などという気の利いたセリフを言えるのだ。
 そして単に「インテリジェンスある悪人」にとどまらず、けっこうヴァイオレンスな立ち回りも見せてくれ、キャンディのことだってぶん殴って気絶させるし、ラストのメトロ構内での「フルボッコ」暴力シーンも半端ない。

 演出面でも、特にこの撮影はかなり驚異的で、二人の男の対決するシーンでの細かいカット割りも見事だし、「映画撮影とは運動だぜ!」とばかりに、縦横に動き回るワンカットのカメラの動きにはほとんど「感動」させられる。すばらしい。
 この映画の撮影監督はジョセフ・マクドナルドという人。また、美術監督はライル・ウィーラーという人で、この人は『風と共に去りぬ』の美術監督も勤められた人。

 この映画はその年の「ヴェネツィア国際映画祭」に出品され、みごと「銅獅子賞」を受賞している。ちなみに同じ年、あの『ローマの休日』もこの「ヴェネツィア国際映画祭」に出品されていたが、こっちは無冠だったのだ。
 ただ、この時期ヨーロッパは左翼勢力が強かったこともあり、この映画の「反共メッセージ」の影響を怖れた配給会社は、「ソ連スパイ」ということを改変、「マイクロフィルム」も「ヘロイン」と置き換えて公開したらしい。むむむ、「図書館」のシークエンスはぜんぶカットしたのかな?