ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『映画に愛をこめて アメリカの夜』(1973) フランソワ・トリュフォー:脚本・監督

 わたしはトリュフォーの映画というものをわずかしか観ていない。そういうところで、トリュフォーの作品の特徴とかいうような「作家論」めいたことを書くことなどできない(わたしはきっと、どんな映画作家についてもそうなのだが)。だからとにかく、この映画を観たうえでの感想にとどまるけれども。

 これは「バックステージもの」というのか、つまり映画撮影にまつわるさまざまな出来事を映画にした「入れ子構造」な作品だけれども、この映画の監督であるフランソワ・トリュフォー自身が、映画中の映画の監督をも演じていて、虚構と現実との境界があいまいというか、まあ映画になってしまえばみ~んな「虚構」ともいえるわけだけれども、撮影しているときのトリュフォーのことを考えると楽しい(「わたしは今ホントに監督やってるのね」とか「わたしは今は俳優として監督やってるのだ」とかの使い分けが大変そう)。役者やスタッフを演じる人たちはこの映画のための「役どころ」を与えられていて、当人自身を演じているわけではなく、例えばジャン=ピエール・レオは「アルフォンソ」という俳優を演じ、ジャクリーン・ビセットは「ジュリー・ベイカー」である。ただ、ジャクリーン・ビセットがこの映画の中の映画のためにアメリカから招へいされたという設定は、「現実」と一致している。

 映画中の映画のストーリーは、新婚の男(ジャン=ピエール・レオ)が新婦(ジャクリーン・ビセット)を両親に引き合わせるのだけれども、なんと新婦と父親とが恋に落ちてしまうというお話。二人は駆け落ちしようとするらしいが、新婦は車が崖から落ちて死亡、夫は父親を街頭で射殺するというのである。

 まあ役者が途中で亡くなられてしまったりの「悲劇」もあるのだけれども、基本はコメディーで、段取り通りに何度撮り直してもうまく演じられない俳優だとか、撮影中に婚約していた彼女に逃げられてしまって落ち込むジャン=ピエール・レオを撮影に復帰させようと献身するジャクリーン・ビセットに、ジャン=ピエール・レオはそのあとに非常識な対応をしでかして今度はジャクリーン・ビセットが落ち込んだり(ここでジャクリーン・ビセットが監督に語ることばを、監督が脚本を書き換えて映画の中のセリフに流用してしまい、ジャクリーン・ビセットがあきれてしまうのだ)、何度やっても思う通りに動いてくれないネコだとか撮影中に妊娠していることが発覚する女優だとか。

 ここに、現場でのさまざまな混乱が描かれるわけだけれども、映画の中の俳優にだけスポットを当てるわけではなく、助監督、小道具係、スクリプト、化粧係それぞれの立場を描くなかで、「一本の映画がどのように撮られるのか」ということが自然と観客にも伝わるということになる。
 このあたり、演出もかなり意識的で、何度も繰り返されるリハーサル、裏側のないセットの仕組み、泡で雪に見せかけるやり方などなどで、そもそもの英語タイトル「Day For Night」とは昼間の撮影にフィルターをかけて夜のシーンに見せかける撮影手法のことで、そのことからして「映画というマジック」を種明かしするような作品ではないだろうか。
 まあそんな中で崖から落ちる車をジャクリーン・ビセットの代役のスタントマンが女装して運転し、転落直前で脱出するシーンがあるのだけれども、あれは出来上がりの映画でワンシーンワンカットでみせることは考えられず、しっかりと「観客サーヴィス」の演出だったのだろうと思った。

 おそらくはじっさいのトリュフォー作品の撮影現場というものもこのようなものだったのかと想像できるけれども、温和な人柄(に見える)のトリュフォーのかもし出す雰囲気からか、怒号の聞こえない、つまりハラスメントとは無縁の「キャスト、スタッフ皆でつくりあげる映画」という意識が伝わってくる(ラスト前にそんな全員の記念写真撮影シーンもあるし)。

 ラスト近くになんと、ノンクレジットでグレアム・グリーンが出演していたのもご愛嬌。わたしは化粧係を演じたコケティッシュNike Arrighi(「ニク・アリギ」と発音?)という女優さん(?)のことが気に入って、しかも何かの映画で彼女を観たことがあった気がしたのだが、調べると本来ヴィジュアル・アーティストで、ゴダールの『ワン・プラス・ワン』にちょこっと出演していたらしい。それで記憶していたのだろうか?

 演出としてけっこう長回しを多用していて観る人の緊張感を盛り上げてもいるのだけれども、中盤の短かいカットの連続で時の経過とさまざまな作業の継続とを示すような演出がすっごく気に入った。ときどき挿入される、ただの廊下の手すりだけの映像の連続とか、やはりいろいろと「映画」というものに意識的な監督なのだなあとは思った。