ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『科学者の夜想』ルイス・トマス:著 沢田整:訳

科学者の夜想 (地人選書 21)

科学者の夜想 (地人選書 21)

 日本では1986年に刊行された本(この本は今でも入手できるようだ)。この頃著者のルイス・トマスはけっこう人気があって、1974年の『細胞から大宇宙へ』という本は母国のアメリカで全米図書賞を受賞している。日本でも4~5冊の本が翻訳されていたみたいだ。
 前にも書いたけれども著者のルイス・トマス氏は医師、病理学者、詩人、エッセイストという肩書をもち(スーザン・ソンタグの主治医だったということも前に書いた)、趣味も豊かないわゆる「教養人」であって、彼のスタンスはまっとうたる「ヒューマニスト」ということが出来ると思う。

 この書物は24篇のそんなに長くはないエッセイが収められているけれども、たいていのエッセイはアメリカの週刊科学雑誌「ディスカバー」に掲載されたものらしい。それらのエッセイの話題はつまり「科学」に関してのものだけれども、その「科学」の範囲はすこぶる広い。「医学」、「動物学」から「量子物理学」、そして「人文学と科学との対比」、「科学の役割」などさまざまな話題が繰り広げられ、軽く読めるものもあるし、けっこう本格的な知識が要求されるものもある。そして、さすがに30年以上前の書物ではあるから、科学の問題でもいささか古びた印象のものもある。

 この本でルイス・トマスが繰り返し述べているのは、「人類の未来への危惧」で、当時の冷戦下の情況での「核開発競争」への恐れは何度も書かれているし、原子力発電も否定している。それは最後の章である「深夜、マーラーの第九交響曲を聞きながら」という印象的なエッセイに顕著で、そこで彼はマーラーの第九を聞き、「深い喜びと物悲しさのいりまじったなつかしい気持ち」になり、特に最終楽章では(著者自身の個人的な)死を真正面から受けとめ、その中にかつては「やすらぎ」をおぼえ、そこに「最上の告別の辞」を聞きとっていたものだけれども、今の核開発の進む世の中では「死」は「人類の死」を思わざるを得ないと語るのである。いっしゅんにして人類が滅亡するような核開発をストップしないと人類の未来はあやういと語る。

 そういう大きな問題ではないが、「匂いについて」というエッセイで、自分は子どもの頃の「落ち葉焚きの煙」の匂いこそがいちばんに愛着を持って思い出す匂いであって、今の世の中はそういう「落ち葉焚き」もできなくなって残念だ。あの落ち葉焚きの匂いを子どもたちに返してやりたいと語るとき、ルイス・トマスとしての「詩人」としての一面を知る思いがするのだった。