ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『カブトガニの不思議 ー「生きている化石」は警告するー』関口晃一:著

 わたしは北九州で育った。幼い頃に両親に海に連れて行ってもらったとき、浜辺には数えきれない数のカブトガニがいた。聞いた話では、カブトガニは漁業用の網を破ってしまうので、漁師さんはカブトガニを見つけ次第に裏返して起き上がれないようにし、殺してしまうのだということだった。この本を読むとカブトガニは裏返されても「尾剣」というしっぽを使って起き上がれるということで、じっさいにはもっと残酷な殺し方をしていたのかもしれない。
 ただ、そういう漁師さんによる「虐殺」のためだけでなく、各地での海岸の干拓工事や環境破壊のせいでカブトガニの産卵場所がなくなり、今の日本でカブトガニが確認できる地域は激減し、生息数もかなり少なくなっている。もちろん、わたしがカブトガニを見た北九州の海岸でも、今はカブトガニの姿は見られないそうだ。

 この新書はもちろん「生物学」的な視点から書かれた本だけれども、その視点は多岐にわたっていて、カブトガニについて学びながらも、「生物学とはどのような研究を行う学問か」ということが実例と共に書かれていて、いってみれば格好の生物学入門書という性格も持っているのではないかと思う。それがまた(こういってはなんだが)とっても面白そうなので、例えば中学生の頃にこの本を読んで「生物学者になろう!」と進路を決定する子らがいてもおかしくはない。わたしもまた、この本で「生物学の面白さ」を知ったひとりではある(もう「今さら」ではあるが)。

 世界に「カブトガニ」の種は4種いて、日本に棲息するのは「カブトガニ」で、この種は中国にも棲息している。あと、もうちょっと小さな種が2種類、東南アジアに棲息しているが、どの種もその生息数は減少しているらしい。もう1種、北アメリカの東海岸に「アメリカブトガニ」というのがいて、これは相当の数が棲息しているらしい(今はどうなっているかわからないが)。
 カブトガニがどのような姿をしているか、たいていの人はご存知だと思うけど、いちおう写真を載っけておきます。まさに「カブト」をかぶったような姿。

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 こいつを裏返すとけっこうグロというか、あの「エイリアン」のフェイスハガーそっくり。H・R・ギーガーはきっと、カブトガニを見てフェイスハガーをデザインしたのでしょう。

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 いちおう種類としては「クモ」や「サソリ」に近接した種らしいのだが、とにかくあの三葉虫から枝分かれした種らしく、これがもう2憶年とか4億年とか進化せず、同じ姿かたちをずっと維持しているらしい。「なぜ絶滅しなかったのか」という話も書かれているけれども、この本でいっちばん面白いのは、そのカブトガニの産卵~孵化を追って研究する記述。
 カブトガニは満潮のとき、浜辺のふだんは波に洗われない高いところに産卵するのだけれども、いったいそれはなぜか? 著者は協力を得て日ごとの産卵しに来るカブトガニの数を調査し、たしかに満潮の日の産卵が多いことを確認するわけで、「それはなぜか」と考える。考えて予想するだけでなく、その予想が正しいことを現実に合わせて確認しなければならない。
 そして、その卵が孵化するまでの過程を追っていくわけだけれども、ここがエキサイティングだ。なんと、カブトガニは卵の中で成長し、その卵の中で2回、3回と脱皮までするのである。そんな生物はカブトガニ以外にはいないということ。そして、成長する幼生の大きさに合わせて、卵自体が大きくなっていくのだ。著者はその「卵の成長」のメカニズムを追うわけだけれども、「へぇ~!」という感じである。カブトガニ、すごい!(ちなみに、カブトガニの寿命というのははっきりとはわからないらしいけれども、少なくとも20年とかはあるらしい。)

 それからそれから、「カブトガニの血液」の秘密に迫るのだが、ここがまた興味深い。ちょっとこのあたり難しいのだけれども、つまりはカブトガニの血液はまずは人間の血液と同じように、出血すると凝固してできるだけ血液の流出を防ぐ機能も持っているのだけれども、それ以外に外からの細菌の侵入に反応し、生体を防御する役割を果たしているという。この「細菌の侵入に反応する」というカブトガニの血液の機能はめっちゃ優れていて、実は人類の医療において大きな活躍をしている。これは今でも代替品はないらしく、「工場」とでもいったところで、捕えられたカブトガニから無理矢理採血し(カブトガニの血液は青い)、いただいた血液は医療用に使用。命にかかわらない程度に採決されたカブトガニはまた海に戻されるということだ(この本には書かれていないが、それでもそれなりのカブトガニが、この無理矢理の「献血」で命を失うらしい)。

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 著者のカブトガニへの愛情とでもいったものが、隅から隅まで行きわたった書物で、とにかく読み終えればその著者のカブトガニへの愛情が感染し、それからはカブトガニという生き物がいとおしく感じられるようになってしまうことだろう。今はこの本も(データ的内容が古くなってしまったせいなのか)絶版というか品切れらしいけれども、名著である。