ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『クリーピー 偽りの隣人』(2016) 前川裕:原作 黒沢清:脚本・監督

クリーピー 偽りの隣人

クリーピー 偽りの隣人

  • 発売日: 2016/11/02
  • メディア: Prime Video

 ということで、昨日観た『CURE』に非情に似通った構造を持つ作品。前川裕という人による原作があるようだが、黒沢清と、やはり映画監督である池田千尋によって書かれた映画脚本は、原作からかなり変更されたところがあるようだ。

 この作品の主人公は元刑事の高倉(西島秀俊)で、刑事時代に、逮捕されていたサイコパスな容疑者の対処を誤り死者を出し、自らも重傷を負う。事件から1年経ち、高倉は大学で犯罪心理学を教えている。妻の康子(竹内結子)との二人暮らしで、郊外の一軒家に転居したばかり。その隣家が3人家族という西野家で、家主の雅之(香川照之)という男の第一印象は「奇怪」なものであるが、妻の康子は西野家との交際を深めていく。
 ある日大学の高倉を刑事時代の後輩の野上刑事(東出昌大)が訪れ、6年前に日野で起きた一家3人失踪事件の分析を依頼する。野上は日野の家の隣家の空き家を捜査して、5人の死体を発見する。高倉は事件を調べているうちに、その失踪一家と隣家の西野家との奇妙な符合点に気づく。そんなとき、西野家の高校生の娘が高倉に、雅之のことを「あの人、お父さんなんかじゃありません。知らない人です」と告げる。
 野上が西野家を訪れるが、そのまま行方不明になる。西野家の隣の家が火災になり、焼け跡からその家の住人と野上の死体が発見される。高倉は火災発生時に西野が自宅でテレビを見ていたことを目撃し、異様さを感じるのである。

 『CURE』でいえば高倉はまさに役所広司の演じた刑事に相当し、ちょっと激昂しやすいような性格も同様のようだ。妻の康子は『CURE』のように精神を病んでいるわけではないが、ラストの方で、仕事べったりの夫に不満があって、転居しての近所付き合いに期待していたことが明かされる。西野雅之はまさに『CURE』の萩原聖人の位置にある「サイコパス」で、『CURE』では他者の精神(マインド)を乗っ取るわけだが、ここでも他者に付け入り、精神だけでなくフィジカルにその「家」ごと乗っ取ってしまうのである。野上刑事は『CURE』のうじきつよし的な役どころだろうか。一種マインドコントロールで他人を支配するという展開はまさに『CURE』と共通するのだが、まあ最後のところで薬物注射に頼るのはちょっとアレかなという気はする。
 香川照之の異様な「怪演」(アメリカで彼をこの作品の演技でアカデミー男優賞に推した批評家もいたようだ)、奇妙な造りの西野家の内部など、黒沢監督独特のホラー感覚満載だし、ただ観ていて神経を逆なでされるような不快感に囚われる。この現実世界のすぐ裏側に、まさに地獄のような世界があるという恐怖。ラストの、そんな地獄を覗き込んだ竹内結子の絶叫が心に残る。

 ここでは撮影は近年の黒沢作品の常連の芹澤明子で、やはりストーリーの中にずんずん観客を導くような移動カメラを堪能できる。ほぼ全篇ロケ撮影だと思えるが、「よくこんなところを見つけるものだ」というロケハンもさすが。近年の黒沢監督映画に頻出する「風に揺らぐカーテン」も出て来るし、『CURE』の空中をさまようバスのように、雲の中を疾走するような車内ショットもある。こういう、「アンリアル」な演出がまた黒沢清作品の魅力だとは思うが、ネットでこの作品のレビューをいろいろと読むと、そういう「アンリアル」さが不評のようだ。わたしは大好きだが。

 黒沢清監督も、今のところ近年はこういった「ホラー」と言えるような作品は撮っておらず、ひょっとしたら『CURE』からのホラー路線を、そんな『CURE』に似た構造のこの作品で封印したのかと思ってしまう。