ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『クラム』(1994) テリー・ツワイゴフ:監督

 アメリカで1960年代から活躍するアンダーグラウンド・コミックスの著名な作家、ロバート・クラムを、1970年代から彼と親交のあったテリー・ツワイゴフ(彼は2001年の『ゴーストワールド』で良く知られている)が密着して撮ったドキュメンタリー作品。

 ロバート・クラム自身が「ちょっとした奇人・変人」として知られている部分があるけれども、このドキュメンタリー、その奇異なクラムの人物像をストレートに表現しているようにみえる。それはおそらくは監督のテリー・ツワイゴフと撮られているロバート・クラムとの「距離感」からくるものでもあるのだろう。
 いや、そんなロバート・クラムよりも、このドキュメンタリーに登場する彼の兄チャールズと弟のマクソンの二人の「壊れ方」が強烈で、「何という三兄弟だ! この兄弟の中ではあのロバート・クラムがいちばんマトモではないか!」という驚き。母親も少し登場して来るが、その母親もまた壊れてる。どうもこの三兄弟の壊れ方には、その両親の影響が異様に強かったらしく、父親は典型的なDVの行使者ではあったらしく、「Training People Effectively」という本の著者であった。
 実はこの家族には二人の姉妹もいるのだが、このドキュメンタリーへの出演を依頼されたとき、ロバートに「女性に対する犯罪」に対する賠償金を支払うことを要求し、ロバートがその支払いを拒否したために出演することはなかったのだった。
 兄のチャールズはロバートに先行してコミックを描いていて、ロバートの「師」のような存在ではあったがすでに表現行為はやめていて、今なお母親と暮らして「精神科の薬」を飲み続けていたのだった(この映画完成後、公開されるまでのあいだに自殺してしまうのだが)。
 弟のマクソンは性的に完全に屈折していて、瞑想したりの(異様な)禁欲的生活もするのだが、カメラに向かって自分の「痴漢行為」を語ったりもする。負ける。

 映画の冒頭で、ロバート・クラムは美術学校の学生を相手に講義をやっていて、「自分の最も知られた作品」として「Keep on Truckin'」、「Fritz The Cat」、そしてBig Brother & The Holding Company(ブレイク前のJanis Joplinが在籍していた)の「Cheap Thrills」のジャケット絵の三つを挙げているが、「Cheap Thrills」の原画は戻って来ず、その後高額でオークションに出品されていたことをクラムは知る。また、「Fritz The Cat」はアニメ映画化されてヒットしてしまうのだが、その商業主義的成功に嫌気がさしたクラムは、のちに主人公のネコのFritzを自作の中で殺してしまうのだった。「Keep on Truckin'」についても許可なく転載されることが多く、クラムは幾度も訴訟を起こしている。しかしおかしなことに、トヨタからキャンペーンに使用する報酬として10万ドルのオファーを受けたが、クラムはこれを断っているのだ。

     

       

       

 彼の作品は美術批評家から「ブリューゲル」や「ゴヤ」にも比されて語られているが、一方で一部の批評家らはクラムの初期のアフリカ系アメリカ人を侮蔑するような作品を攻撃し、彼の作品を「女性嫌悪のポルノグラフィー」としている。じっさい、クラム自身も女性に対する異常な恐怖心を認めている。しかし彼は二度の結婚をしており、先妻との間にジェシーという男の子、今の妻との間にソフィーという女の子がいる。クラムがこの世でいちばん愛するのはソフィーであり、彼女自身今はコミック作家なのである。クラムの家族はこの映画の終盤に南フランスに転居することが描かれるが、今でも南フランスで平和に暮らしているらしい(ただ、夫人のアライン・コミンスキー=クラムは2年前に亡くなられてしまったようだ)。

 60年代以降、アンダーグラウンド・コミックスの世界で名が知られたことから、ロック音楽のリスナーであると思われがちだけれども、彼自身はロック音楽にまるで興味はなく(ただ一時期、LSDにはハマったらしいが)、彼は1920年代、30年代のブルース、カントリー、ブルーグラス、スウィングミュージックの78回転レコードのコレクターであり、自身「R. Crumb & His Cheap Suit Serenaders」のリーダーなのである(このドキュメントの監督、テリー・ツワイゴフはこのバンドのメンバーだったのだ)。

 こんな書き方でこのドキュメンタリーの「面白さ」が伝わるかどうか不安だけれども、わたしはこの作品は「傑作」だと思った。この映画が公開された年、作品は高評価を受けたものの、「アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞」にはノミネートさえされなかった。このことはメディアに騒動を引き起こし、「アカデミー賞を決定するのはドキュメンタリー映画配給会社の社員なのだ」と暴かれ、つまり彼らは自社のドキュメンタリーに投票しているだけなのだった。

 なお、この作品は冒頭に「"presented" by David Lynch」とのクレジットが出るけれども、じっさいにはデヴィッド・リンチはこの作品の製作には関わってはいない。彼は「資金援助」の要請には応じなかったが、広告やクレジットにリンチの名前を入れることに同意したのだ、ということだ。