むか~し観た映画で、ただその映画の中で、ブルーノ・ガンツが仕事をしながらキンクスの「There's Too Much On My Mind」を口ずさむことだけは記憶していたけれども、あとのことはほとんど忘れてしまっていた(ヴェンダースはキンクスが好きなようで、最新作『PERFECT DAYS』の中でも、キンクスの「Sunny Afternoon」が流れた)。
こうやって、原作小説を読んだあとに久しぶりにこの映画を観てみると、「ずいぶんと原作に忠実な映画なのだな」という印象が強かった。
ただ、原作では額縁職人のトレヴァニーはパリに住んでいて、ドイツに行って暗殺を行うのだけれども、この映画ではトレヴァニー(映画では名前が変えられているが)はハンブルグに住んでいて、パリに行って暗殺を行うと、土地が入れ替えられているし、映画冒頭ではハイスミスの前作『贋作』のストーリーが活かされ、そのことがトレヴァニーとトム・リプリーとのさいしょの接点になったわけだし、ラストの展開はトレヴァニー家にマフィアらが襲ってくるというところは省略され、その前の段階、トムの屋敷に来たマフィアらをトムとトレヴァニーがやっつけ、その死体を始末するためにドライヴすることがさいごの展開になる(あと、トムはエロイーズと結婚してなくって、独身のようである)。
ヴェンダースの映画としては珍しく、原作のテイストがしっかりと活かされた「サスペンス映画」というところで、それが原作の持つ「純文学」的な空気をしっかりと映像化し、さすがに「ヴェンダースによるサスペンス映画」という仕上がりになっていたと思う。これはもちろん、ヴェンダース監督がパトリシア・ハイスミスのファンだということからもくるだろう(『PERFECT DAYS』の中でも、ハイスミスの『11の物語』を引き合いに出し、古本屋の店主が「ハイスミスの魅力」を語るというシーンがあった)。
ヴェンダースはこのあと、1982年に『ハメット』という、ダシール・ハメットを主人公とした「サスペンス映画」を撮っていて、わたしはそれがどんな映画なのか知らないけれども、ヴェンダースとしてはこの『アメリカの友人』を撮ったことの影響があったのではないかと思う。
また、ヴェンダースはそのあと1984年にはあの『パリ・テキサス』を撮るわけだけれども、わたしはそこにはやはり、『アメリカの友人』の影響もあるのではないのかと思ったりする(近いうちにその『パリ・テキサス』を観るので、そのときにこういうことも考えてみたいとは思う)。
改めてこの『アメリカの友人』という映画についてだけれども、やはりこの作品の良さのひとつに、ブルーノ・ガンツのそのキャラクター、そして演技というのがあるだろうと思う。白血病に侵されながら、死の恐怖をも見せる演技、そして何よりパリのメトロでの暗殺シーン(ここで暗殺されるマフィアを演じるのは、ダニエル・シュミットなのだ)の、どこか緩いけれども緊迫感を持続させる場面(ここはヴェンダースの演出手腕も賛美しなければならない)。そして妻と息子にみせる愛情(この「妻」を演じる、ヴェンダース映画の常連だったリサ・クロイツァーも素晴らしい)。
それで問題の、「トム・リプリー」を演じたデニス・ホッパーだけれども、カウボーイハットをかぶって「俺、アメリカ人」と主張してくる彼は、正直ハイスミスの書いたトム・リプリーのイメージではないと思った。
これは有名な話だけれども、ハイスミスは『アメリカの友人』でホッパーが演じたリプリーが嫌いだったが、映画を再度見た後、ホッパーがキャラクターの本質を捉えていると感じ、評価を修正したと、Wikipediaにも書かれている。
そういうことで、デニス・ホッパーの演じたトム・リプリーを考え直すならば、彼がブルーノ・ガンツの挨拶にカチンときて、「コイツを俺のゲームに巻き込んでやろう」となるのはまさにデニス・ホッパーの持ち味全開ではあろうし、それがあとの列車の中でのマフィア暗殺シーンで「何のためらいもなく」人を殺すシーンも、デニス・ホッパーならでは、というところがある。そのあとに屋敷に攻め入って来るマフィアらにブルーノ・ガンツと共に立ち向かう展開も、まさにそれまでのアメリカ西部劇とかのキャリアが活かされていたのではないかとも思う。まさにそういうところで、デニス・ホッパーは「トム・リプリー」に適役、だったわけだろう。
この映画の撮影はヴェンダース映画をずっと撮って来たロビー・ミューラーで、ハンブルグの街並みの撮影、そしてやはりメトロでの暗殺シーンの撮影とか印象に残るが、ラストにデニス・ホッパーがマフィアの死体を乗せた救急車を運転し、そのあとをブルーノ・ガンツと妻役のリサ・クロイツァーの乗る赤いワーゲンが追って、白い砂浜を走って行くシーンは心に残る。
あと、映画全体で、「ノイズ」というか「物音」がしっかりと拾われていたことが、映画音楽などよりもずっと心に響く思いがした。
観終わっても、「やはりこれは名作だな」とは思うのだった。また観たい映画だ。