ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『蜘蛛の瞳』(1998) 西山洋一:脚本 田村正毅:撮影 黒沢清:脚本・監督

 黒沢清監督と共に脚本を担当している西山洋一という人は、翌1990年に塩田明彦監督の『月光の囁き』の脚本も担当し、以後はかなりの数の作品の監督をされているみたいだ(わたしの知らない作品ばっかりだったが)。それでこの作品も、前の『蛇の道』に引き続いて田村正毅の撮影。

 主演はもちろん哀川翔で、同じ「新島」という役名で出ているが、ストレートに『蛇の道』の続編というわけでもない。ただ新島は娘を殺された復讐をするという設定は引き継がれていて、それで冒頭では寺島進を「娘を殺した男」として拉致監禁、白状させて殺害することになる。そういうのでは『蛇の道』での香川照之の代わりに寺島進が出演したというだけ、とも思える。

 それでこの『蜘蛛の瞳』では、「復讐を果た終えて空虚を抱えた男のその後」みたいな話になる。
 いちおう新島には妻もいてちゃんと仕事もあるようなのだが、生きる価値を見失って「腑抜け」になってしまっているみたいだ。
 それがあるとき街角で学生時代の同級生だという岩松(ダンカン)という男と会い、彼から「お前のことはよく覚えてるよ。オレの仕事にはぜひお前が必要なのだ」と口説かれ、誘われるままに彼の下で働くことにする。岩松はいちおう「岩松トレーディングカンパニー」という事務所を持っていて、2人の部下(阿部サダヲ、梶原聡)もいるのだが、仕事らしい仕事をやっている会社でもない。さすがに新島も辞めようとするのだが、そのあとに「男を殺す仕事」を手伝わされる。岩松はミキという女(佐倉萌)と組んでターゲットをミキの部屋におびき出し、殺すということをなりわいにしているようだ。実は岩松が新島を誘ったのも、新島が復讐のときに銃を入手するときに写真を撮られていて、その写真を岩松が見たからなのだった。
 そのうちに岩松に「殺し」の依頼をしている依田(大杉漣)という男がいて、依田はこっそりと新島に岩松の行動を監視するようにと命じる。新島はすっかりやる気を失い辞めようとするのだが、岩松に呼び戻されてしまう。岩松もまた、今の仕事を辞めたいと思っている。新島の報告を依田は信用し、新島はさらにその上の日沼(菅田俊)と会って某暴力団の会長を岩松と共に殺す指令を出される。日沼は採掘場のようなところで、化石の発掘ばかりをやっている男だ。
 会長殺害に失敗したあと、日沼は新島に岩松殺害を指示するのだった。

 とにかく黒沢清の映画だから、そのような錯綜した組織の背後を解明する「ミステリー」というわけではない。ただ不条理な状況のもと、殺人の連鎖がつづくばかりだし、映画はまったく緊迫感とは無縁に(岩松らグループは皆で釣りに行ったりする)殺人が繰り返されるのだが、やはりそんな殺人の描写は無機質で、しかも殺人に至る展開がすっぽりカットされていたりする。

 これとは別に、新島の家では妻が殺された娘の幽霊を見ておびえたりする。幽霊はいちどはチラッと幼女の姿を見せるのだが、頭から白いシーツをかぶった姿である。
 そうすると新島がさいしょに娘を殺したという男を殺し、荒涼とした空き地に穴を掘ってその死体を埋めようとしていたとき、新島のうしろにはその白いシーツの影が見られたのだった(新島の家の中の明度を抑えた照明が印象に残る)。

 終盤、新島は関係者皆を殺し、足を洗って工事現場の作業員になっている。しかし新島が道端で休んでいると、殺したはずの「娘を殺した男」が車椅子に乗って新島のそばを通り抜けて行く。
 新島が男を埋めた場所に戻ってみると、そこには掘り返された大きな穴があるばかり。そばにはやはり白いシーツが立っていたが、新島がそのシーツをめくると、その下には木の杭があるだけだった。

 そういった「ホラー」めいた展開は、以後の作品で黒沢監督がさらに展開させることになり、その見せ方にはすでにその「怖がらせ方」の端緒が見て取れるだろうか。

 作品はただ「不条理さ」、そして「ナンセンス」の連続の中で、主人公新島の内面の「空虚」をみせるようではある。
 新島と日沼が採掘場で延々と「追っかけっこ」をやるシーンなど、荒涼たる場でかなりのロングショットで撮られるシーンも印象に残ったが、そう思うとわたしなどはキアロスタミ監督の映画を思い出してしまう。そう思うと、新島が雑木林の中でミキを延々と追い、カメラもいっしょに雑木林の中を駆け抜けるシーンにしても、キアロスタミの映画(『オリーブの林をぬけて』だったか)にこういうショットがあったことを思い出す。
 などと考えると、そもそも新島が死体を埋めるために穴を掘るというのも、やはりキアロスタミの『桜桃の味』なのではないか、などと思ってしまうのだった。

 まだまだ書き足りない気もするが、この作品もまた、わたしにはとっても興味深い作品ではあった。