ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『蛇の道』(1998) 高橋洋:脚本 田村正毅:撮影 黒沢清:監督

 当初は、この前作の哀川翔主演の『復讐』二部作(1997)の続編として企画されていたらしいが、けっきょく「これはこれ」ということになったらしい。それでこの『蛇の道』には同じ1998年の『蜘蛛の瞳』という続編がある(次に観る予定)。
 この作品の脚本は高橋洋で、その『復讐』二部作の「運命の訪問者」以来の黒沢監督とのタッグ(のちにまた、『予兆 散歩する侵略者』で手を組むことになる)。そして撮影が田村正毅で、しかとわからないが、黒沢清作品で田村正毅が撮影を担当したのはこの作品だけではないかと思う。
 主演はもちろん哀川翔だが、重要な役で香川照之が共演している(若い姿に驚くが)。

 物語はやはり「復讐」もので、表向いては、8歳の娘を無残に殺害された宮下(香川照之)が偶然知り合った塾の講師の新島(哀川翔)の協力で娘を殺害した奴らに復讐していくというもの。
 それでまずは「大槻という男が犯人らしい」と、新島と宮下とで大槻を拉致し、廃倉庫に監禁する(宮下はその廃倉庫で寝泊まりしているようだ)。しかしここで新島のいないところで宮下と大槻が会話していて、その話では宮下と大槻とは同じ組織の人間で、その組織はどうやら少女を凌辱し殺害する、いわゆる「スナッフヴィデオ」を撮って販売しているらしい。宮下は撮影には関与していなかったが自分の娘が組織のターゲットにされて殺されたらしい。

 大槻は「オレじゃない、やったのは檜山だ」と言い出し、次はその檜山を拉致し、大槻と並べて監禁する。今度は宮下のいないときに新島が二人に「宮下はイカレテる。誰か適当な真犯人の名前をでっち上げればいい。そうすれば逃がしてやる」という。
 一方で「スナッフヴィデオ」製作グループは「コメットさん」と呼ばれる女性を中心に、檜山の行方を捜し始める。

 新島はただ「好奇心から助けてあげたくて」宮下の復讐を手伝っているというが、どう考えても「ウラ」がありそうだが、小心なところもある宮下は、すっかり新島に頼り切っている。また、新島は町の塾で年齢を問わない生徒を相手に「物理数学(相対性理論?)」を教えていて、その塾には天才的頭脳を持つ少女も通っているのだが、その少女はどこか、宮下の殺された娘に似ているようでもある。

 観ていると、不穏な空気にこちらも侵されていく思いがする。とにかく、登場人物の誰もが何かを隠している。新島にしても、なぜ宮下の復讐を手伝うのか、そこには隠している理由がありそうだが、そのことは終盤までわからない。ただ、宮下の娘が惨殺されたということは真実で、新島と宮下に拉致されてくる男たちはすべて、その犯罪に関わっているようだ。
 そんな拉致された男たちに、宮下が毎回誰にも自分の娘の生前のヴィデオを見せ、聞くに陰惨な死体鑑定書を読む。しかし、その宮下自身も、「スナッフヴィデオ」製作グループの「販売担当」という仲間だったことがわかってくる。
 さいごに出てくる「有賀」という名をもとに、またもその有賀らしい男を拉致し、3人はある廃工場へと出向く(大槻と檜山はすでに死んでいる)。そこは実のところグループがスナッフヴィデオを撮影していた場所で、宮下の娘もそこで撮影されながら殺されていたのだ。「コメットさん」ら残りのグループの面々もその廃工場にやって来て、銃撃戦になる。

 グループの皆を撃ち殺した新島と宮下だったが、そこで新島は宮下を殴り倒し、自分の正体を告げるのだった。
 新島の娘もまた、グループに惨殺されていたわけで、新島は宮下を含むグループ全体に復讐しようとしていたのだ。新島は宮下に「お前の命は今日限りだ」と告げ、さいごに宮下に彼の娘が惨殺されるヴィデオを見ることを強いるのだった。

 ついつい、ストーリーを全部書いてしまったが、陰惨な気色悪い映画であろう。さらに黒沢清監督の演出は低体温で乾いていて、ただ淡々と継続していく。どこか延々とループしているような高橋洋の脚本も異様だし、映画をラストまで観ても、またさいしょに戻って永遠にループしていくのではないかと思わせられる。ここに、哀川翔が塾で教えている物理数学のことが絡んでくるように感じてしまうし、ラストのヴィデオ映像は、また貞子さんが出てきて『リング』が始まるのかと思ってしまった。まさに不穏なラストもまた、「ループ」でありながらも変化が加えられていて、作品全体が「大きな謎」として頭の中に焼き付くようだ。

 相変わらずロケーションの選択の素晴らしさに目を見張らされるのだけれども、そこに田村正毅の撮影が活かされ、さいしょの廃倉庫での縦構図の奥行きや、上からの俯瞰撮影、どこまでも倉庫内の広さを感じさせる撮影は素晴らしい。そして終盤の廃工場。「よくこういう場所を見つけ出すものだな」という驚きは黒沢清の映画でいつものことだが、ここでは工場内が壮大な現代アートインスタレーションの場のようでもあり、わたしはふっと、監督の『ダゲレオタイプの女』での情景をも思い出してしまった。
 冒頭の、哀川翔香川照之の二人がおそらくは東京の杉並あたりの住宅地を走るシーンでの、運転席目線での通り抜ける「道」の映像も、黒沢監督の作品ではおなじみのものか。

 とにかくはためらわずに「傑作」と呼びたくなる作品だったが、実はここで今知ってしまった情報があり、なんと、黒沢清監督の次回作は日仏合作で、この『蛇の道』のセルフリメイクなのだという。ネットの記事によれば、すでにこの5月には撮影も終わっているみたいだ。それで出演しているのは『レ・ミゼラブル』に出演していたダミアン・ボナールという人、そしてなんと柴咲コウなのだという。たんじゅんに考えたら柴咲コウの役は「コメットさん」か?なんて思うのだが、ネットには哀川翔の役を柴咲コウが演じるとも書いてあったりする。
 まあ『ダゲレオタイプの女』のときもそうだったが、日本の配給会社としては「とても万人受けする映画ではなし」、宣伝に困ることだろう。わたしはただただ楽しみではあるが。