ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2023-10-06(Fri)

 昨夜、わたしがベッドに行って掛け布団をかけて横になると、すぐにニェネントくんがベッドに跳び乗ってきて、わたしの上でゴソゴソとやり始めた。それでもしばらくするとベッドから降りてしまったのだが、それがまた少しして、ベッドの上にやってきた。
 わたしはベッドの中で本を読んでいたのだが、そのうちにまたニェネントくんはどこかへ行ってしまっていた。この夜はなかなか眠れないわたしはいっそ起き出してリヴィングへ行って、そこで本を読んでいた。そうするとしばらくしてニェネントくんがキッチンへやってきて、「どうしたの?」というようにわたしの様子を見にくるのだった。
 「ツンデレ」もここに極まれりというところで、わたしとは一定の距離は取りながらも、この季節になるとけっこうわたしのそばに居たがるのである。もうちょっと、わたしのひざに乗ってくるとか、そういうこともやってくれてもいいようには思うのだが。

     

 朝起きると寒かった。ついに「秋」が来たのだけれども、一気に「晩秋」が来てしまったのか、みたいな気分。やはり日ごとに少しずつ涼しくなり、自然にそんな気候の変化に、だんだんに自分のからだも合わせていくようなのがいい。

 8時からは今週から始まった「ブギウギ」を見る。昨日の後半は見られなかったのだけれども、主人公の鈴子は昨日受験していた音楽学校は不合格だった。今日は父親になんとかという「少女歌劇団」の舞台に連れて行ってもらいってその世界に夢中になり、その歌劇団の試験を受けようとするという展開。
 今日のは、とにかくとっても面白かった。ついに歌劇団のレヴューも出てきたし、ここで初めてそんなレヴューを目にして、ただ舞台に見とれてしまうヒロインの表情がとっても良かった。そのあとの「実は試験日を間違えていた」以降のゴリ押し的成り行きも楽し。毎回こういう感じだったら、これからの朝も楽しくなるなあ。
 実は鈴子が不合格だった音楽学校は「宝塚」系だったらしいのだが、実はいま現在、宝塚では自殺者も出て「ハラスメントがあったのか?」という不穏な空気に包まれてもいる。ここで鈴子が宝塚の音楽学校に入学するような展開だったら、けっこう面倒なことになっていたことだろう(そういう展開はありえないけれど)。

 午前中のニュースショーで、先日わたしが遭遇した「トロイの木馬」詐欺のことが取り上げられていた。わたしのパソコンの画面に出ていたのとほぼ同じ「警告メッセージ」がテレビにも映されていて、今さらながら「やっぱりアレは詐欺だったか」と認識した。「警告メッセージ」に書かれている電話番号に連絡すると、3万円請求されるらしいのだ。とにかく、突然にパソコンがフリーズして下のようなメッセージがあらわれたら、あわてず騒がず「再起動」すること。それでОKなのだ。

       

 今日も『メイスン&ディクスン』を読むのだけれども、本は開いていてもなかなかに読み進められない。ひとつには「測量法」を細かく書かれてもまるっきしわからない、というのもあるし。でもこの日読んだところでは、メイスンもディクスンも自分たちがこうしてアメリカの土地の測量の任につかされているのは、「大きな陰謀」に利用されている/巻き込まれているのではないかと思う、というのが大きなポイントだろうか。目標は、来週中には読了すること。

 夕方のニュースで、今年の「ノーベル平和賞」は今なお獄中にあるイランの人権活動家の方の受賞と決まったという。選考理由は「イランにおける女性の抑圧やすべての人々の人権と自由を促進するために闘った」ことによるという。
 思い出したのは5年ほど前に図書館で借りて読んだ『テヘランでロリータを読む』という本で、今回の「ノーベル平和賞」はこの本とリンクしているようではある。
 わたしは当然その本のことなど記憶からすっかり消えてしまっているのだけれども、古いわたしの日記を読むと、そんな「イラン革命」以降のイランの社会情勢、女性たちの地位などに合わせて、ナボコフの『ロリータ』を同じナボコフの『断頭台への招待』とかと合わせ、「あらゆる全体主義的なものの見方に反するもの」として捉えている、らしい。
 なんかそうすると、またその『テヘランでロリータを読む』を読んでみたくなってしまった。

 それで昨日予想したように、このネットのニュースにはさっそく「西欧の価値観の押し付けだ」というコメントが寄せられていた。
 こういう人たちは「日本のジェンダー指数が世界的にみてかなり低いものだ」などという報道に対しても、「それが日本が何百年も培ってきた文化。西欧的価値観を持ち込まないでほしい」などというコメントを複数つけていたことを思い出す。こういう人たちは、先日も「ストライキというものは日本の文化になじまない」としていた人たちと同一なのだろう。