ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『知りすぎていた男』(1956) アルフレッド・ヒッチコック:監督

 ヒッチコックがイギリス時代の1934年に撮った『暗殺者の家』(原題「The man who knew too much」)を、自らセルフ・リメイクした作品。タイトルの「The man who knew too much」というのも、旧作と同じである。
 ヒッチコックはすでにアメリカに渡った1941年には、この作品のアメリカ版リメイクを考えていたらしいけれども、このときパラマウント映画との契約に合致するとして、再映画化がスタートした。
 『裏窓』以来ヒッチコック作品の脚本を担当しているジョン・マイケル・ヘイズは、1934年版の映画は観ないこと、前回のチャールズ・ベネットによる脚本も読まないこと、という条件で雇われ、プロットの詳細はすべてヒッチコックから聞いたストーリーから書き上げたということである。たしかに大きなストーリーの流れは旧作と同じだけれども、設定などで異なっている部分も多い。

 本作の主演は『ロープ』『裏窓』に続いてのジェームズ・ステュアートと、すでに歌手としても著名だったドリス・デイ。はたしてドリス・デイが歌手でもあったから、脚本で彼女の役を「歌手」にしたのか、それとも出演が決まったドリス・デイが歌手だったから、脚本をそれに合わせて書いたのか、どっちなんだろう?
 この映画でドリス・デイが歌った「ケ・セラ・セラ」はアカデミー最優秀歌曲賞を得たし、アメリカで2位、イギリスで1位のヒット曲になった(日本でも、ペギー葉山が歌ってけっこうヒットしている)。

 わたしはこのオリジナルの1934年版『暗殺者の家』はまったく気に入らなかったのだけれども、この1956年版は冒頭から相当に面白く、中盤以降の多少の「???」を乗り越えて、さいごまでけっこう緊張して観てしまった。満足度は高い。

 主人公の医師のベン・マッケンナ(ジェームズ・ステュアート)は、妻の(今は引退している)人気歌手のジョー(ドリス・デイ)と息子のハンクといっしょにモロッコで休暇を取ることにしている。カサブランカからマラケッシュへ行くバスの中で、夫妻はフランス人のルイ・ベルナールと知り合う。しかしジョーはルイの中に不審なものを感じる。到着したホテルで下のレストランで食事をし、そこで愛想のいい英国人カップル、ドレイトン夫妻と知り合い、いっしょのテーブルで食事する。同じレストランにルイも来るが、マッケンナ夫妻を無視するようだ。
 翌日、マラケッシュの市場の観光に出たマッケンナ一家の前で、何者かにナイフで刺されるアラブ人を目撃する。刺されたアラブ人はベンのそばまで来て、「著名な政治家がロンドンで暗殺される。アンブローズ・チャペルに気をつけろ」と言って息絶える。そのアラブ人はルイ・ベルナールだった。

 マッケンナ夫妻は警察の取り調べを受けることになり、そばにいたドレイトン氏が「通訳」を買って出ていっしょに警察へ行く。ハンクはドレイトン夫人にホテルまで送ってもらうことにする。
 警察署に着くとベンに電話があり、出てみると「ルイから聞いた話をしゃべったりしたら、ハンクの命はない」と言われる。ドレイトン氏は姿を消しており、実はドレイトン夫妻がハンクを誘拐したのだ。
 ドレイトン夫妻はイギリス人だし、「アンブローズ・チャペル」というのもイギリスっぽいからか、マッケンナ夫妻はイギリスへ直行する。イギリスに着いてみると、空港にはなぜかジョーがやって来ることを知ったジョーの旧友らが待ち受けていて、二人が宿泊するホテルにもやって来るのだ。夫妻は警察のブキャナン警部に呼び出され、ルイ・ベルナールは暗殺計画を暴くためにモロッコに派遣されていたスパイだと言い、ハンクが誘拐されたことはわかっているから、警察に協力してほしいと言われる。
 しかし夫妻は警察には何も話さず、自分たちで「アンブローズ・チャペル」を探そうとする。ベンは最初電話帳で「剥製師」のアンブローズ・チャペルを見つけて訪れてみるが、勘違いだった。ジョーがそれは「教会だ」と教えられ、その教会へ行ってベンも呼ぶ。そこにはこの日のロイヤル・アルバート・ホールでのコンサートに訪れる某国首相を暗殺する計画が進められていて、ハンクもその教会の部屋に閉じ込められていた。
 ベンは「重要なことだから」とブキャナン警部に連絡を取ろうとするが、この日はアルバート・ホールで重要な任務があるのでそちらへ行っていると言われる。夫妻も、アルバート・ホールへと行くのだった。

 このアルバート・ホールでは、ヒッチコックの音楽を担当するバーナード・ハーマンが登場し、アーサー・ベンジャミンのカンタータ「Storm Clouds」を指揮する姿が見られる。
 このシーンの撮影はちょっと力がこもっていて、そもそも男女の合唱を合わせて何百人にもなるような演奏家らがステージに上がっていて、これをカメラ位置を変えながらさまざまに見せて行く。演奏者らの中にもカメラは入り込んでいるようで、はたしてどのようにして撮影したのだろうと、ちょっと驚きながら観ることになった。
 ここで一ヶ所だけ、シンバルが一度打ち鳴らされるところがあり、そのシンバルの音こそが暗殺者が銃を撃つ合図になるわけだが、映画の冒頭、タイトルのバックでそのシンバルの場面が映されていて、観客は「シンバルこそが暗殺の合図だ」と了解していることになる。面白い演出だと思う。

 さてさて、やはりこの作品にはオリジナルの『暗殺者の家』から引き継がれた「不可解な」場面がけっこうある。
 ま、息子のハンクが誘拐されたまま夫妻がイギリスへ飛ぶというのは、ハンクを誘拐したドレイトン夫妻がイギリス人だからという「推測」で了解しても、やはり何の手掛かりもつかまないまま夫妻がロイヤル・アルバート・ホールへ向かい、実はそのホールこそ「暗殺決行」の舞台だった、というのは納得が出来ない。ただブキャナン警部がアルバート・ホールへ行っているから彼を探しに行ったとしか解釈が付かない。
 あとやはり、そのあとのレセプション・パーティー会場にドレイトン夫妻がハンクを連れて来ているのも多少ムリがあるだろうし、パーティー会場でジョーが歌う声を聴いたドレイトン夫人が、ハンクに口笛を吹かせるというのもよくわからない。その口笛を聴いてベンが階上のハンクが閉じ込められている部屋へ行くわけで、ドレイトン夫人はいくらハンクを殺すことに同意していないにしても、自分たちが捕まってしまうようなことをハンクにやらせるだろうか。

 そんなことをいいながらも、特にこの映画のサスペンス感あふれる展開は面白く、冒頭のモロッコで生まれた「謎」を観客も共に追って行くような展開はスリリングだし、特にわたしには、ベンが勘違いして「剥製師」のアンブローズ・チャペルの工房へ入って行くシーンの、ベンの視覚による工房入口への道と、その道を進むベンの姿との切り返しながらの進行はハラハラドキドキしたのだったし、そのあとの剥製動物入り乱れての「乱闘」はこの映画で数少ないユーモアあるシーンとして面白かった(もうひとつのユーモラスなシーンは、すべてが解決したあとのホテルの部屋のラスト・ショットだった)。

 前の『暗殺者の家』はわたしにはまったく合わない作品だったが、この『知りすぎていた男』は、かなり楽しむことができた。ヒッチコック自身がトリュフォーのインタビューに「実力を兼ね備えたプロの作品」と自画自賛しただけのことはあるだろうか。