ここで読んだ5篇の短編は、もっと「長編小説」へと書き進められそうな、そのシノプシスのような作品が増えたように思う。いちおうハイスミスの作品らしく、「バッドエンド」に終わる作品がほとんどであった。
●「帰国者たち」(The returnees)
戦前にドイツで「浮名」を流し、3度の離婚を経たヒロインのエステルは、戦時中にイギリスに移っていたときに、ドイツ時代に知っていた男性と再会する。まったく魅力的な男でもなかったのだが、エステルはその男リヒャルトといっしょに暮らすようになる。
ついに戦後7年、エステルとリヒャルトはドイツに戻り結婚し、パーティー三昧の「パリピ」生活。しかしエステルはリヒャルトが雇った秘書がかつての彼のドイツ時代の愛人で、またエステルに隠れて親密な交際をしていることを知る。ついにはエステルはリヒャルトと別れる決意をする。
かつては「社交界の花」ともてはやされたエステルも、もうそんな自分の「魅力」を武器にすることも出来ないか。グレアム・グリーンとかが書きそうな題材かと思った。
●「目には見えない何か」(Nothing that meets the eye)
ヒロインのヘレーネは45歳。自分ではそこまでに魅力的な容姿というわけでもないと思っている。
彼女はスイス、アルペンバッハのホテルにしばらく滞在する予定でチェックインするが、そのときにホテルのロビーにいた人たちが皆彼女のことを振り返り、注目しているように思う。
じっさい、スキーを楽しんでいると、ドイツ人のゲルトというまだ二十代の若い男が彼女に近づいてきて、唐突に彼女への愛を告白する。
この作品はハイスミス自身の「自意識」なのか?とは思うのだが、そのことに関係なく、この邦訳のタイトルは「Nothing that meets the eye」としてはおかしい気がする。
●「怒りっぽい二羽の鳩」(Two disagreeable pigeons)
この作品も、「Disagreeable」を「怒りっぽい」と訳すのは違うだろうという感じで、「Disagreeable」とはまさに「不愉快な」とか「イヤな」というあたりからの意味。この作品に登場する鳩は「怒りっぽい」わけではない。
おそらくハイスミスは、「鳩」のことが大っ嫌いなんだろうとは思う。
●「ゲームの行方」(Variations on a game)
ここでも邦題はおかしい。「Variations」ということがこの作品の「キモ」ではある。
ペンは小説家のデイヴィッドとジニーの夫婦と知り合い、デイヴィッドの小説執筆の手伝いをすることになる。ジニーにも誘惑されデイヴィッドとジニーが離婚し、ジニーと自分が結婚することを考えるのだが、デイヴィッドの前の運転手、そして秘書(男性)も不可解に行方不明になっているのを知る。
いかにもハイスミスが長篇小説でも題材にするような作品で、ラストの「オチ」を含めて面白かった。
●「フィルに似た娘」(A girl like Phyl)
主人公のジェフは大事な営業の仕事のためにニューヨークからパリへ飛び立とうとしていたが、その同じ飛行機に、自分が若い頃に愛し合った女性と「瓜二つ」の若い女性が搭乗しているのを知る。
そしていろいろな偶然から、ジェフと彼女はパリで同じホテルに宿泊することになる。
これはひょっとしたら、この作品をこれから読む人がいないとも限らないので、これ以上書かないでおきましょう。
小説としては、わたしはこの作品がいちばん完成度が高いと思った(いろんな偶然が重なり過ぎるとは言えるかもしれないが)。このジェフの抱く「絶望感(?)」はわかる気がする。