ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『空に住む』(2020) 小竹正人:原作 青山真治:脚本・監督

 主演の、多部未華子という女優さんのことはこれっぽっちも知らなかったけれども、そのキャラクターの深みを表現できる有能な女優さんだと思った。
 この映画も、彼女のそういう魅力を最大限に引き出そうとした演出だとは思うのだけれども、実は観ていて、そのヒロイン以外のほとんどの登場人物に感情移入が出来んかった。いったいなぜ、こういう演出というか演技指導をされたのか、わたしにはわからない。
 もちろん脚本もあるだろうが、「キザ」、「軽薄」、もっとひどいことを言えば「アホ」。そんな人物ばかりが続々と登場してくる。

 ヒロインの小早川直美(多部未華子)は両親を同時に亡くし、叔父の世話で、飼っているネコのハルといっしょに、叔父も住む都心のタワーマンションの39階に転居する。彼女は郊外にあるらしい小さな出版社に勤務している(一般とは逆に、都心から郊外への通勤である)。同じマンションにアイドルのなんとかという男が住んでいて、直美はその男と偶然のきっかけから親密な交際を始めるのだ。
 叔父夫婦は直美の部屋の合鍵を持っていて、勝手に部屋に入ってくるし、その直美が付き合い始めるアイドルは、まさに「キザ」を絵に描いたような気色悪い男だ。また、直美が勤務する出版社の上司(編集長?)も、いっつもキザったらしいマフラーを首に巻いている、同じく「気色悪い」男だ。同僚の女の子は近々結婚するとはいえ、その新郎の子ではない子を妊娠していて臨月だという「アホ」である。ただマトモなのは直美の飼うネコの「ハル」だけみたいだが、ハルはいろんなストレスから病んでしまい、ついには死んでしまう。

 けっきょく、物語としては、その「ハル」の死を契機として「新しい生き方」に目覚める直美の物語のようだ。。

 直美の部屋はまさに「タワーマンション」住民の部屋を絵に描いたような「おしゃれ」な部屋で、すっごいソファとか置いてあるし、壁にはどこか「現代アート」風な作品が掛けられている。をいをい、そのソファは直美ちゃんが自分で買ったものなのか? その「アート」は、直美ちゃんが選んだものなのか? ということは一切わからない。

 このあたり、昔のアントニオーニの作品とかで、豪華な住居に「現代アート」とか飾られていて、そこに住む住民はそ~んな中で大きな「空虚」を抱えている、な~んて映画があったことを思い出す(『夜』、だったかな?)。
 しかしこの映画ではヒロインはそういう「空虚」に取り込まれてしまうというわけでもなく、そういう役はネコの「ハル」こそが抱え込むようだ。
 まあこの映画のラストまで観れば、ヒロインはきっとその「タワーマンション」から転居するんじゃないかと思うし、勤務先の出版社も、いくら「良心的な出版社」だといっても、あ~んな上司の下では再考の余地もあるみたいだ。

 この作品はけっきょく、青山真治氏の「遺作」になったわけだけれども、青山氏はそのことに満足なのだろうか? わたしにはこれまで観た青山氏の作品のような「エキサイティング」な感覚は、この作品からは呼び起こされなかった。

 ただ、ひとつに、「ハル」を演じたネコは「名演」であり、これは演出の勝利だろう。
 そして何よりも、この作品のすべての場面、すべてのカットで、その映像はあまりに美しいと思った。この映画の撮影監督は中島美緒という若い人のようで、長編映画を撮るのはこの作品が初めてのようだが、とにかくは素晴らしい。次回作を楽しみに、チェックしてみようと思う(というか、この撮影の指揮も、すべて青山氏がやられていた可能性も高い気がする)。