ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『地獄の警備員』(1992) 黒沢清:監督

 脚本にも、富岡邦彦という人と並んで黒沢清の名があった。この作品の製作は「ディレクターズ・カンパニー」で、配給は「アテネ・フランセ文化センター」だったという。監督助手に青山真治氏の名前があり、音楽は岸野雄一氏だった。
 調べると、「ディレクターズ・カンパニー」は1992年に倒産しているということで、この『地獄の警備員』はその最後の作品だったのかもしれない。

 この作品、松重豊がさいしょにフィーチャーされた(「主演」といっていいのだろう)作品として一部に知られているけれども、この映画での設定で彼が「元力士」だったという設定なのだけれども、実は「松重豊」(本名)の「豊」とは、大相撲の「豊山」からとられた名であるということで、彼自身も中学時代には相撲の力士になりたいと思っていたらしい(wikipediaによる)。ということは、この作品での松重豊の設定、彼のそういう背景を取り入れての脚本なのではないかと思える。

 さてこの作品、日本がバブルの泡に浮かれていた1990年代前半、そんなバブリーな(正体の良くわからない)商社の「12課」(絵画取引部門らしい)に新しく入社したヒロイン秋子(久野真紀子)が出社するところから始まる。彼女が出社のために乗ったタクシーの運転手が下元史郎で、これがやさぐれた運転手でいきなり大笑いさせてくれるのだけれども、そのヒロインとの会話の中で、「殺人を犯しながら精神鑑定で無罪となった力士」の話が出てくる。

 秋子はその新しい職場に着任するが、実はその同じ日に、タクシーでの話に出た「元力士」の富士丸(松重豊)もその商社の警備員として働き始めていたのだ。
 秋子はその「12課」のたいていのメンバーがまるで美術のことなどわかっていないこと(特に課長の久留米<大杉漣>)にあきれ、人事部長の兵頭(長谷川初範)に会うのだが、どうも兵頭も「12課」に期待などしてはおらず、自分勝手に海外との絵画取引をやってるみたいなのだった。
 そして、そのあいだにも、警備室に詰めている富士丸は、社内の自分の気に入らないヤツ(?)を次々に虐殺していくのだった。しかしなぜか富士丸は秋子に執着し、資料室で拾った秋子のイヤリングの片方を自分の耳につけるのだ。富士丸の魔手は「12課」にも迫るのだが‥‥。

 とにかくは、この「商社ビル」の撮影というか捉え方が素晴らしく、縦の構図で捉えられたそのビル内の廊下、そして「非常階段」、上から捉えられた監視映像に囲まれた警備室、そしてロングショットで捉えられた「資料室」のカットが素晴らしい!
 後半にはビル地下の「機械室」の撮影が魅せてくれるし、いつの間にか富士丸が住みついている地下の様子は、その照明も相成って「現代美術のインスタレーション」をも想起させられる。

 富士丸の「殺し」の手口は、そこまでに「血みどろホラー」でもなく抑制されているのだが、女性を狭い縦長のロッカーに閉じ込め、肩アタックで攻め続けてロッカーをつぶしてしまい、その下から赤い血が流れ出るシーンは好きだな。

 けっきょく、兵頭から「アイツはクズだな」と評価されていた、「12課」の吉岡実(諏訪太郎)が決死の活躍で外部にTELEX連絡を果たし、パトカーの出動になるのだが、その前に兵頭が富士丸に致命傷を与えてはいる。そのラスト近く、傷ついた富士丸がドアの前で倒れ込むところの「影」は、まさにムルナウの『ノスフェラトゥ』へのパスティーシュではあって、ここも楽しませてもらった。

 ここでも、詩人諏訪優のご子息であられる諏訪太郎氏に「吉岡実」などという役名を与えるところに「いたずら」を感じもするが、わたしも見ていて諏訪太郎氏が出てきたとき、「この人、早くに殺されちゃうんだろうな」とは思っていただけに、活躍されて重傷を負いながらも生き残られたのはうれしかった。

 ラスト近く、富士丸が秋子に詰め寄り、「オレのことをわかるには<勇気>がいるぞ」などと語るシーンで、この映画が単なるパニック・ホラー映画ではない「奥行き」も感じられた。

 しかし、この少なくとも4階まであって、いくつもの課があるらしい「商社ビル」で、ラストの「惨劇」のとき、このビルの他の課の社員らはどうしていたのだろうね。
 そして、「この男のどこを肯定的にとらえればいいの?」というような人事部長の兵頭が「ヒーロー」的にがんばり、そのラストでは妻(洞口依子)と息子が彼を迎えに来るというのはどういうことなんだろう。ラスト、画面の右に兵頭一家が車に乗り込み、左側の公園の階段のようなところをヒロインの秋子がひとりで上っていくシーンは、「どうしてそうなるのか」わからないながらも、ちょびっと心に残るのだった。

 とにかくは、期待した通りに、いや、それ以上に、めっちゃ楽しい映画ではあった。