ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『人生はビギナーズ』(2010) マイク・ミルズ:脚本・監督

人生はビギナーズ [DVD]

人生はビギナーズ [DVD]

  • 発売日: 2012/08/03
  • メディア: DVD

 邦題は「コメディーかよ!」という、なんだかおちゃらけた印象もあるのだけれども(DVDのジャケットもコメディーっぽい)、原題はただ「Beginners」。監督のマイク・ミルズという人のことはまるで知らなかったけれども、この作品はそのマイク・ミルズの実体験(父の死、自分の結婚)をもとにしたらしい。じっさい、この映画の中のユアン・マクレガーのように、監督自身もCDのカヴァーのデザインをしているらしい。

 主人公のオリヴァー(ユアン・マクレガー)の父(クリストファー・プラマー)は、美術館の館長もつとめたことのある人物だけれども、母の死後、75歳になって主人公に「自分はゲイだ」と告白し、以後積極的にゲイ・カルチャーに参加して若い恋人までつくったりするが、ガンのため79歳で亡くなる。
 一方の主人公はなかなか恋人ができてもうまくいかないでいて、そういう積極的な生き方を捨てようかとも思っていたようだ。それが父の死後に参加したパーティーでフランス人の女優アナ(メラニー・ロラン)と知り合い、父から譲り受けたイヌのアーサーの助けもあり(?)、彼女と交際を始める。そんな彼女ともまた、いちどは別れるのだけれども、ふたたび彼女と会い、いっしょにやっていこうと二人で決意する。

 こういったストーリーが、さまざまなエピソードに分解されて、一見時系列もランダムに提示される。写真による父や母が生まれたときからの成長、ゲイ・カルチャーの歴史などもいっしょに示され、ゲイであること、ユダヤ人であること(母はユダヤ人のハーフ)もまた語られ、そんな中でオリヴァーの内向的な性格の変化もみえてくる。
 時系列順に描かないことは特に目新しい手法ではないけれども、そのことを脚本に活かして、語りかけてくることの多い作品だと思った。語りかけられているのは「家族」のことであったり、「恋愛」のことであったりもし、ちょっとわたしなどは自分のことを振り返って感じ入ることも多く、ずっと涙目で観ていたのだった。
 特に、75歳になってカミングアウトした父の生き方に思い入れしてしまい、クリストファー・プラマーの演技(この役でアカデミーの助演男優賞を受賞している)もあり、この映画をとても魅力的なものにしていたと思う。

 もちろん、そのような父に理解を示す(さいしょはそりゃあおどろくのだが)オリヴァーとの親子関係こそ偉大なのだが、そんな「人生の黄昏」ともいえる年代になって、ほんとうの自分の生きたい生き方を息子に語り、実践しようとする(実践してしまう)父親にはとてもインスパイアされた。
 そういう意味では、オリヴァーのちょっとおっかなびっくりの生き方も含めて、「生きるのに大事なこととは何か」ということを教わった気がする。

 わたしはもうひねているから、「映画を観て何かを教わる」ということもなくなっているし、そういう映画の観方はしたくないところもあるのだけれども、わたしよりもずっと年上のオリヴァーの父の生き方をみて、正直教わるところがいろいろとあったのだった。

 そういうエピソードに分解してみせる演出もうまくいっていた作品だと思うし、何よりもラグタイム・ミュージックを多用した音楽がとっても良かった。
 そして、「人間の言葉は150語ぐらいはわかるけれども、しゃべれないんだよね~」というイヌのアーサーにも惹かれた。まあイヌの考えを字幕であらわすというやり方は「どうだろう?」というところもあるかもしれないけれども、例えばわたしなんかでもニェネントと暮らしていると、ニェネントの足元に字幕でニェネントの言いたいことが出てくるように思うこともあるのだよ。
 アーサーの、「Are we married yet?」ということばは良かったな。