ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『CURE』(1997) 黒沢清:脚本・監督

CURE

CURE

  • 発売日: 2013/11/26
  • メディア: Prime Video

 鮮烈な演出と映像、そして通常の犯罪ミステリーを越えた、サイコ・ホラーとも言える作品としてエポックメイキングだった。ちょうど「ジャパニーズ・ホラー」の興隆してきた時期の作品だけれども、今でも単なる「ホラー」を越えた孤高の地位を誇っているだろう。
 唐突な、「見えないところ」で起こる暴力の描写などは北野武作品の影響かとも思うし、「古いモノクロの映像」の使用は、中田秀夫監督のホラーにも通じるところがあるかもしれない。また、作品中で重要なファクターである「催眠術」に、18世紀の実在の医師メスマーの理論を持ち出すあたりで荒唐無稽さを越え、ストーリーテリングの見事さを感じさせられる。そして、現実描写を越えた主観(内面)世界への飛躍。

 映画タイトルは当初は『伝道師』とされていたらしいが、製作時に「オウム真理教事件」が起き、『CURE』と変更されたらしいが、この変更はほんとうに良かったと思う。『伝道師』のタイトルではストレートすぎる。

 主人公は高部という刑事(役所広司)なのだが、その妻は精神を病んでいて通院していて、実生活にもさまざまな障害を生んでいる。それは彼にとってのストレスではあるだろう。その高部が担当する事件が、被害者の首から胸にXに切り裂かれるという殺人事件で、犯人はすぐに逮捕されるのだが同じような事件が連続して起こる。犯人に共通したものがあるのだろうか。
 ここに、犯人たちが犯行直前に出会っていた、記憶障害の間宮という男(萩原聖人)の存在が浮かび上がる。間宮は自分のこともわからないので警察や病院に保護されるのだが、そこで彼に質問する警官や女医に「あんたの話を聞きたい」と語る。彼は記憶障害なのだが、何か超能力めいたものを持っているのか、問診者の内面を見通しているようだ。そして、彼が医学生だった頃に研究したメスマー催眠療法を、相手に施してしまうのだった。その結果、問診者・対話者は自己を癒すために(?)殺人を犯すのだった。
 高部と、彼と組んだ精神科医の佐久間(うじきつよし)とは、間宮がそのような催眠療法を無意識に行っているのではないかと推理するのだが、佐久間もまた間宮の催眠療法にかかってしまう‥‥。

 先に書いたように、何件も連続して起こる殺人事件の唐突な描写がまずショッキングなのだが、その犯人を確保することがこの事件の解決にはならない。間宮と対峙する高部はストレスを高めるのだが、その間宮の研究したメスマーのことを調べるうちに、自己の内面に入り込んでしまうようでもある。また、彼の妻の精神はますます悪化しても行く。
 映像は時に現実とは思えないような巨大な木造の建物を映し、それは明治時代にメスマーを研究した医師が勤めた病院の廃墟なのかもわからない。いつしか高部はその建物の中に入り込んでいく。
 映画の終盤を書いてしまえば、高部は病院に収容されていた間宮をわざと逃がし、その廃墟のような建物に行っていた間宮をそこで射殺するのである。そしてそのことはこの映画の物語のラストではない。

 その廃墟のような病院跡地の映像も強烈だが、間宮が一人暮らししていた工場の上の階の部屋、間宮が収容されていた病院の部屋など、いかにも黒沢清らしい映像がつづく。街並みの映像にしても、やはり黒沢清のロケハンの力を感じさせられる。特に、映画のいちばん最後、エンドクレジットの流れる背後の、夕暮れの町並みの映像がなぜか心に残ってしまう。
 そういった定着された映像というにとどまらず、この時からカメラの動きはいかにも黒沢清監督らしい動きを見せ、カメラ自らがストーリーの中に踏み込んで行くようではあるし、いわゆる撮影での「切り返し」というものもなく進行して行くドラマ展開も魅力的だし、何から何まで説明してしまうのではなく、判断を観客にゆだねるような演出にもまた惹かれてしまう。空のまま回る洗濯機、空を浮遊するようなバス。これはある意味、間宮を「モノリス」とした、この地上世界でくり拡げられる『2001年宇宙の旅』ではないだろうか。もちろん、高部はボーマン船長なわけで、佐久間はプール隊員なのだ。ではHALは?