- 作者:カミュ
- 発売日: 1969/10/30
- メディア: ペーパーバック
知らなかったが、カミュという作家はそれほどに小説作品を書いておらず、『異邦人』(1942)の次がこの『ペスト』(1947)。そのあと『転落』と短篇集『追放と王国』があるくらいのものだった。カミュには戯曲作品が多い。
この小説の舞台となるのは、当時フランス領だったアルジェリアのオランという実在の都市で、カミュはこのオラン近郊で生まれ育っているらしい。その町を、ペストが制覇する。今でいえば都市のロックダウンという状態になるわけで、その中で、医師のリウーを中心とした人々のペストとの立ち向かい方を追う。大きく言えばここに神父のパヌルー氏が登場し、「信仰」の問題が全面に出てくることもある。また、タルーという、リウーの分身のような人物がリウーとの対話をおこないもする。
ここで描かれている状況は、ペストとCOVID-19との発症症状の違いはあるにせよ、今のCOVID-19のパンデミックの状況でも同じだろうと思わされるとこともある。だからこそ今、人々はこの本を読むのだろう。まあどうでもいいことだが、小説の中で登場人物がもう一人に「マスクをかぶるように」勧め、相手が「こんなものが役に立つのか」と尋ねると、「そうではないが、これをかぶっていると相手が安心するのだ」と答えたりする。
小説はある少年がペストで苦しみながら死ぬことから段階が変わり、多くの登場人物も感染して亡くなっていくのだけれども、これがふと、特に医療従事者の努力とかいうのではなく、ペストの脅威は引いていく。ペストは無慈悲であり気まぐれであろう。それはCOVID-19も同じことだろう。
以下、リウーと語るタルーのことばを、今はそのまま引用しておく。
――われわれはみんなペストの中にいるのだ、と。そこで僕は心の平和を失ってしまった。僕は現在もまだそれを捜し求めながら、すべての人々を理解しよう、誰に対しても不倶戴天(ふぐたいてん)の敵にはなるまいと努めているのだ。ただ、僕はこういうことだけを知っている――今後はもうペスト患者にならないように、なすべきことをなさねばならぬのだ。それだけがただ一つ、心の平和を、あるいはそれがえられなければ恥ずかしからぬ死を、期待させてくれるものなのだ。これこそ人々をいたわることができるもの、彼らを救いえないまでも、ともかくできるだけ危害を加えないようにして、時には多少いいことさえしてやれるものなのだ。そうして、そういう理由で、僕は、直接にしろ間接にしろ、いい理由からにしろ悪い理由からにしろ、人を死なせたり、死なせることを正当化したりする、いっさいのものを拒否しようと決心したのだ。