ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『革命の夜、いつもの朝』(1968) ウィリアム・クライン:監督

革命の夜、いつもの朝 [DVD]

革命の夜、いつもの朝 [DVD]

  • 発売日: 2007/04/06
  • メディア: DVD

 安倍内閣は2012年暮れの発足以来、その政治的成果は外交面でも内政面でもまるでなく、その無能さにもかかわらず、これだけ長期間(7年半)にわたって継続していることにおどろく。そして現在のCOVID-19危機に際しても、その無能ぶりを白日の下にさらすだけである。まさに安倍内閣こそが「国難」であり、世が世なら、時が時なら革命が起きていても不思議ではないと思わされる(しかし、今や国政選挙の投票率が50パーセントを割る国だからなあ)。
 1968年のフランスでは、革命一歩手前までの民衆蜂起が起きた。俗に「五月革命」と呼ばれるが、政権転覆には至らなかったものの、この運動によって多くの「価値転換」が起きた。今も引き継がれるリベラルな意識は、このときを発端とするものが多い。また、2年前のフランスの大規模なストライキ(参加者らが黄色いベストを着て参加した)もまた、五月革命の意志を継ぐものであると考えられもした。

 今日はそんな「五月革命」の「現場」を捉えたドキュメンタリー映画、『革命の夜、いつもの朝』を観た。監督はわたしが今になってまた夢中になっているウィリアム・クラインであった。

 このドキュメントには当時のフランスの情勢、民衆蜂起の背後、いったいなぜこのような大規模な運動が起こったのか、その思想背景はとか、説明は一切ない。ナレーションもないわけで、そういう意味ではフレデリック・ワイズマンの作品を思わせられるものがあるのだが、そのワイズマンが第1作『チチカット・フォーリーズ』を撮ったのはこの前の年、1967年のことだった。ただこのドキュメントでは、その映像の前にテロップで撮影された時と場所、何の集まりだったのか、といった最低限の情報は掲示されている。
 わたしはしばらく観ていたのだが、そもそもの五月革命の経緯をそらんじているわけではないし、登場する団体のアルファベット略称の意味がまったくわからないので、ネットで五月革命を調べながら観ることにした。

 この作品は、1968年の5月24日から5月30日までのフランス各地の運動、討議を記録したもので、さいごにド・ゴールのテレビ演説が挿入される。いわば五月革命の終盤の記録である(五月革命の「最高潮」は、5月10日の「バリケードの夜」だった)。

 映画はまずはパリの街頭で議論を戦わせる市民の姿を捉える。カメラはそんな市民の討議の場から距離を置かず、その輪の中に入って撮影している。時にそんな市民の手でカメラをふさがれて中断したりする。
 しかし彼らの政治意識は高い。まあ意識が高いからこそ路上に出てきて討議するわけだろうが、運動の主体の学生たちではなく、いろいろな職業の市民たちが討議する。このことはひとつの政治思想だけではなく、「反資本主義」「反ソヴィエト」で結集したさまざまな思想の連合であったこの運動をあらわすものだろう。意外とアナーキストの力が強かった運動だ~運動を指導したダニエル・コーン・バンディも、思想的にはアナーキズムだった。あとは毛沢東主義者が多かったらしく、これはゴダールの『中国女』でも描かれていたことだ。
 今ではこの運動は「対案なき運動」だったともいわれるが、映像でも皆が「まず資本主義をこわすことだ!」と言っていることが印象に残る。「永遠の真実を押しつける気はない」という発言からも、多くの人を巻き込む柔軟な運動だったことがうかがえる。

 興味深かったのは、運動中の自主運営の託児所の記録があることで、つまり小さな子どものある家庭の人も、ここに子どもを預けてデモに参加することができたわけだ。さまざまな思想のごった煮の集団とはいえ、「一枚岩」でしっかりと運動に取り組んでいたことがわかる。
 大きな騒乱の記録はないが、切り倒された街路樹を引きずり回すところ、ひっくり返されて燃やされた車の残骸などは映るし、デモ参加者が投石のために舗道の舗石を掘り返し、投げやすい大きさに砕いているところは、多分建物の窓からロングで撮影されている。
 運動の側からだけではなく、デモを取り締まる官憲の側に入って撮影された映像もあるが、皆無言であった。

 すごい!と思ったのは、5月27日にどこかのスタジアムを使っての大規模な集会で、いろいろな団体が横断幕を持って入場してきて、さながらスポーツ大会の開会式、国民の祭典みたいだった(シトロエン労働組合とかの文字が読める)。
 いちどフランス国外に出国し、秘密裏にフランスに戻ったダニエル・コーン・バンディが討議に参加した映像もある。これは貴重な映像なのではないだろうか。

 途中にポンピドーのテレビ演説があり、先に書いたように、最後にはド・ゴールのテレビ演説の、テレビブラウン管を撮影したような画像が挿入されるが、おそらくはわざと画像を歪めていて、そのことがこのドキュメントの立ち位置を鮮明にしていると思えた。
 このときウィリアム・クラインは『ミスター・フリーダム』を撮影中のことで、その映画の中にも、ミスター・フリーダムに指令を出すドナルド・プレザンスはテレビのブラウン管に映る画像として登場していたわけで、このドキュメントとの関連がうかかえる。

 反体制運動の高揚、その終焉を、その混沌の中に入って撮影した貴重な記録で、それは写真集『ニューヨーク』を撮ったウィリアム・クラインならでの、生々しいドキュメンタリーだと思った。