ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『過去のない男』(2002)アキ・カウリスマキ:脚本・監督

過去のない男 [DVD]

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  • マルック・ペルトラ
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 昨日見たサイトでは、この作品は「フィンランド三部作」の一作だということだったけれども、今日見たサイトでは「敗者三部作」なのだと書かれていた。この時代のフィンランドの不況の中で、負けそうな人々を描いている、ということなのだろうか(まだ『街のあかり』は観ていないが)。

 この『過去のない男』では、暴漢に頭を殴られて自分の名前などの記憶を喪失してしまった男が、新しい自我を確立して行くさまが描かれている。ある面でひとりの男が生まれ変わって行くのだ、ともいえる。
 この作品はカウリスマキ作品では世界的に評価の高い作品のひとつのようで、カンヌ国際映画祭でグランプリを受賞、主演のカティ・オウティネンも主演女優賞を得ている(ついでに、出演していた犬のタハティも「パルムドッグ賞」を受賞している)。
 また私事(わたくしごと)を書けば、わたしも過去の記憶をけっこう失ってしまっているわけで(名前とかは記憶しているが)、また「自分の救い」になるかも、という気もちで観たところもある。

 夜行列車でヘルシンキにやって来た男(マルック・ペルトラ)は、公園で休んでいるところを暴漢3人に襲われて頭などを殴られ、瀕死の状態で病院に運ばれる。一度は心電図も停止して死んだものとされるが、誰もいないときによみがえり、病院を脱出して海辺まで行き、そこでまた倒れてしまう。
 2人の子どもが倒れている男を見つけて親に知らせ、男はコンテナに住むその家族のところへ連れて行かれる。その家族に親切にされ、「救世軍」で施しを受けることを教わり、犬を連れた警備員(警官?)から空きコンテナを借りる契約をし、いつの間にかその犬(ハンニバルという名前)もいっしょになる。
 「救世軍」のイルマ(カティ・オウティネン)とも親しくなり、仕事も見つからないまま「救世軍」で雇われることになるし、「救世軍」の演奏家たちにロックをやらせて空き地でライヴをやらせてみたり、いろんなことがあるけれど。
 港で溶接作業をやっている男らを見かけ、「オレ、あの仕事出来る」と思った男は溶接作業をちょっとやらせてもらうが、いい腕なので(つまり、過去にその仕事をやっていたのだろう)、「あんた、事務所に行って雇ってもらえよ」と言われる。
 給与振り込みのために口座をつくろうとしたときに銀行強盗(じっさいにはワケアリなのだが)と遭遇し、そのときに写真を撮られて新聞に載ってしまう(『コントラクト・キラー』と同じ展開だ)。
 その新聞を見て「あれはわたしの夫だ」と名乗り出た人があり、男は列車に乗ってその人に会いに行く。行ってみるとなかなかに立派な家にけっこう美しい女性がいて「あなたはわたしの夫」と語るのだが、実は夫婦仲は悪く、女性には新しい男もいて、ちょうど離婚手続きを終えたところなのだった。
 せいせいした思いでヘルシンキに戻った男は、イルマと再会していっしょに歩いて行くのだった。

 失職する主人公がいて、その周囲に親切な人々、惹かれる女性、そして犬、バンドの生演奏と、カウリスマキ映画の要素が今回もしっかり全部そろっている。
 今回は特に周囲の人々の(表面的には粗雑そうでも)気もちのあたたかさが印象的で、杓子定規な役人仕事で男にけんもほろろな応対をする、職業安定所の人間らとの対比が明確。
 また、ストーリーが直線的に進んで行くのではなく、主人公が住まいのコンテナの前の空き地でジャガイモを育てることなど、そのことで「時間の経過」を知らせる意味もあったし、映画のふくらみを増していたように思う。
 ラスト、イルマと主人公が向かいのビルに入って行く場面で、その手前を貨物車が延々と通過するというのもわたしの好きなシーンだ。

 男が妻と別れてヘルシンキへ向かう列車の食堂車で、「寿司」と「日本酒」がクレイジー・けん・バンドの並べられ、そのときのBGМがクレイジー・ケン・バンドの「ハワイの夜」だったりしたし、その歌詞が映画にマッチしていたのにびっくり。
 ちょうどこの日テレビで、フィンランドには「いちご寿司」だとか「バナナ寿司」な~んていうのがあるのだと、紹介していたのだった(食べたいとは思わないが)。