ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『妻は告白する』(1961)増村保造:監督

 昨日につづいて、増村保造監督と若尾文子のコンビの作品を観た。原作は円山雅也の「遭難・ある夫婦の場合」で、脚本は白坂依志夫ではなくって井手雅人という人。この人が増村監督と組んだのはこの1本だけだが、のちに黒澤明監督の『赤ひげ』や『デルス・ウザーラ』、『影武者』などの脚本に協力されていたようだ。

 物語は法廷劇サスペンスで、ウェットにならずにストーリーの核心に踏み込んでいく演出は、アメリカのサスペンス映画の絵づくりを思わせるところがある。

 映画は取材陣の待ちかまえる裁判所の前にとまった車から始まり、そんな取材陣に囲まれながら主人公の彩子(若尾文子)が無表情に車を降り、裁判所へ入って行く。彩子は被告として法廷に立つのだ。
 彩子は夫の滝川亮吉(小沢栄太郎)と、滝川の勤め先の知り合いの幸田(川口浩)と3人で登山中に遭難、幸田のザイルに彩子がぶら下がり、さらに彩子の下に滝川がぶら下がる状態になった。彩子はザイルをナイフで切って滝川を落下死させたのだ。
 親子ほどに年の離れた滝川夫婦で彩子は夫に虐げられており、また、彩子は幸田に好意を寄せていたようだ。滝川は500万の生命保険をかけていたし、検察は彩子が滝川への殺意を抱いていたものと告発しているが、弁護側は「そのままでは3人とも助からない」という判断でやむを得ずザイルを切ったものと、無罪を主張するわけだ。
 映画はフラッシュバックで滝川と彩子の夫婦生活、彩子と幸田との関係などを描きながら、法廷は進行していく。また法廷の合間に、彩子は執拗に幸田に会いたがりもする。一方幸田には理恵(馬渕晴子)という婚約者もいるのだが、彩子へと心がゆれているのも確かなことだった。彩子は周囲からは「殺人犯」とみられ、ほかに頼る人もなく、裁判が進行する中で幸田への気もちがつのっていく。
 理恵も参考人として裁判の証言台に立つが、「幸田は自分を愛してくれている」と証言し、幸田と彩子とが関係を持っているということを暗に否定する。外で幸田は理恵の証言に感謝するが、理恵は「わたしだって女よ」と言う。それは幸田の気もちが彩子に行っていることがわかっているが故で、そんなことを証言すれば自分が惨めになるからだと幸田に言い、「以後距離を取りましょう」と去る。

 ここまでの展開で、夫の滝川がいかに自分勝手で、いかに彩子を抑圧してきたことかが描かれ、「これだったら彩子が殺意を持ってザイルを切ったとしても仕方がないことだ」と、彩子に同情してしまうことだろう。

 判決の下る前、彩子は「これで有罪になるかもしれないから」と幸田を誘い、海へ遊びに行く。もう彩子はしっかりと幸田を愛している。幸田は理恵との距離もできたことだし、彩子への気もちをつのらせていく。

 ミステリー的な要素もある作品だから、その結末まで書いてしまってはまずいかとも思ったけれども、結末を書かないとしっかりと感想も書けないので書いてしまうと、裁判で彩子は「無罪」となる。
 彩子は「無罪」になったあとに夫への殺意を認め、夫の生命保険を使って小ぎれいなアパートへ転居し、そこに幸田を呼んで一緒に暮らそうとするのだが、幸田は無罪になったとたんの彼女の変化、実は彼女には殺意があったという告白について行けず、「こんなことに夫の保険金を使っちゃいけない。やはり一緒には暮らせない」とアパートを出て行き、会社で支社への転勤を願い出る。
 雨の翌日、彩子はずぶ濡れになって幸田の勤め先に幸田を訪ねるが(このシーン、濡れそぼって立つ若尾文子の姿にはゾッとした)、幸田はもう相手にしない。オフィスを去る彩子と入れ替わりに理恵が幸田を訪ねて来て、「彩子さんはあなたを愛しているのにどうしてその気もちを受けとめてあげないのか」と言う。そんなとき、ビルのトイレで彩子が服毒自殺をしたのだった。理恵は幸田に「彩子さんを殺したのはあなたよ。さようなら、もうお目にかからないわ」と去って行く。

 昨日観た『青空娘』でも、若尾文子演じる有子の父親の「いいかげんさ」というものが描かれてもいたけれども、この『妻は告白する』でも、まるで溝口監督の作品のように「男たちの犠牲にされた女性」のことが、じっくりと描かれている。
 実は彩子のことをいちばんよく理解していたのは、幸田をめぐっての彩子のライヴァルだった理恵なのだが、幸田と別れて行く。じっさい、彩子の魂を引き継いで救ったのは理恵だった。

 けっこうクローズアップともいえる構図を多用し、顔を照らす照明による、明暗差の大きな絵づくりは、このような心理サスペンス・ドラマを引き立てる効果があったと思う。そんなドラマの中で、ひとりヒロインの心のゆらぎを全編にわたって演じてみせた若尾文子、やはり「すばらしい」と言うしかなかった(この1961年、若尾文子は同じ年に公開された『女は二度生まれる』と合わせて、キネマ旬報賞NHK映画賞、ブルーリボン賞、日本映画記者会賞、ホワイト・ブロンズ賞の主演女優賞五冠を獲得したのだった)。