ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2022-11-08(Tue)

 (しばらく、この日記は「非公開」にしていましたけれども、わたしの精神状態もよろしくなったようで、「まあいいや」ということで、また一般に公開することにしました。)

 今日は近隣の「脳神経内科」のある総合病院へ診察を受けに行くつもりでいて、歩くのが不自由と思えるわたしを心配して、娘が付き添ってくれるとの連絡もあった。

 午前中にその病院の受付に電話して話を聞くと、どうやらやはり、「紹介状」なくしての初診というのはけっこうむずかしいようで、そもそもこの日火曜日の午後には「脳神経内科」の診察はないということだった。
 がっかりして、いちどは娘にも「今日の受診は無理なようだ」と連絡を取ったのだけれども、このままではずっと診察を受けられない可能性もあり、他の近郊の「脳神経内科」のある病院を検索したところ、その行こうと思っていた医科大学の附属病院のすぐとなりに、「脳神経内科」もある結構大きそうな総合病院があるのだった。
 「なぜ最初の検索でこの病院を見つけなかったのだろうか」と、自分の「検索能力」をいぶかしくも思ったが、とにかくはその病院へ電話してみて、「初診だと予約の患者が優先されて待たされるかもしれないけれども、この日は午後なら脳神経内科の診察もあるので、問題はない」ということだった。
 娘に連絡して、午後からいっしょにその病院へ行くことにした。娘にはわたしの「歩行障害」の話もしてあるので、駅からタクシーで来てくれ、そのまま病院までタクシーで行くと。

 午前中、やはり昨日の「元:勤務先」からの「満額回答」がうれしくもあり、担当してくれた方にひとことお礼も言っておきたく、その労働基準監督署に電話し、最初に面談してくれた方を探していただき、「あなたにサジェストしていただいた通りに請求したら、全面的に認められました」と、わたしの喜びを伝えた。
 わたしは、こういうことを担当していただいた方に伝えるのは大事なことだと思っている。今は一般に、思い通りの対応をしてくれなかった相手をディスるというか、批難することこそ一般的になっているようだけれども、そうではない、今回はわたしひとりでは思いつかなかっただろう「対応策」を提示してくれて、それが見事な成果を生んだのだ。
 まあ「公的機関」ではあり、「やってくれて当たり前だ」という見方もあるのかもしれないが、個別の事案に対して明確な対応策を出してくれるのは大変なことだろう。そしてその(相談しない限り、わたしが思いつきもしなかったであろう)「対応策」が見事に実ったのだから、わたしはやはり「お礼」を伝えておくべきだと思ったのだ。電話口の、先日面談していただいた方からも「よかったですね」との言葉をいただいたが、この「よかった」というわたしの気もちは、電話口のその担当の方と共有したかったことなのだ。話をしていて、その方にもわたしの気もちが伝わったようなので、わたしも満足して電話を切った。ありがとうございました。

 昼を過ぎ、1時すぎに娘がタクシーで迎えに来てくれた。そのタクシーに乗り、病院到着。「眼科」も「歯科」もある、けっこう大きな総合病院だ。待ち合いのロビーもカラフルな椅子が置かれ、悪い感じではない(まあ入っただけで「悪い感じ」という病院もないだろうが)。
 さすがに「初診」はけっこう待たされ、ようやっと診察を受けるのに2時間ぐらいは待たされた。担当医に自分の病状を説明し、「パーキンソン病」ではないかと疑っていると語ると、やはりそれは自分勝手な診断で、「何でも自分で決めてしまう方なんですね」って言われてしまった。
 CTスキャン検査を受け、その結果でも「異常」は見られなかったし、つまりは先日久しぶりに「側頭葉てんかん」のクリニックへ行き、そこで処方された薬品「カルバマゼピンテグレトール)」の「悪い」副作用なのではないか、ということだった。
 カルバマゼピンは「側頭葉てんかん」を抑える、古くから使われている「特効薬」(治療薬ではなく、あくまでも「発作」を抑える薬)なのだけれども、「副作用」も大きい。グレープフルーツがダメなことを代表していろいろとあるのだけれども、たしかに言われてみると、先日久しぶりに国分寺のクリニックへ行って、その「カルバマゼピン」を処方してもらい、それを服用し始めてから今回の「障害」が始まっているわけだから、話として整合性はある。
 けっきょく、国分寺のクリニックへ再訪して、「カルバマゼピンの副作用が出ている可能性があるのです」と告げることがまずいちばんにやることだろうということ。
 ‥‥なるほど、納得である。

 もう4時半ぐらいに病院を出た。ずっと付き添ってくれた娘には感謝しかない。当初の思惑通りにとなりの医大付属病院へ行っていたならば、「初診」で7700円取られていたから、トータルで一万円ぐらいかかっていただろうけれども、おかげでその三分の一ぐらいで済んだ。よかったよかった。

 この病院から駅までは歩いても10分もかからないので「歩けるよ」と言って、娘といっしょに駅まで歩いた。わたしにはとってもうれしい「至福」の時間ではあった(あとになってみれば、もっともっといろいろと話したいこともあったのだが)。
 駅で娘と別れ、わたしも「こういうときぐらいは」と、駅前のタクシー乗り場からタクシーを拾い、自宅までタクシーで帰った。う~ん、タクシーを自分で拾って乗るなどというのはいつ以来のことになるか? おそらくは5年以上のスパンになるのではないかと思う。うん、タクシーは乗り心地よかった。

 この夜は「皆既月蝕」だった。わたしも月蝕の始まる時間とかに外に出て、写真を撮ってみた。