ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『モナリザ』(1986) ニール・ジョーダン:脚本・監督

 ニール・ジョーダンという監督さんは気になる監督さんで、わたしのあまり興味のない作品もけっこう撮られているのだけれども、「いい!」となると、他の監督さんではなかなか醸し出せないような、わたしの琴線の奥深いところに触れてくれるような作品をつくって下さる。彼の作品にはホラーものやクライム・ミステリーが多いけれども、そこからはみ出すような作品も多い。
 ウチには彼の『プルートで朝食を』のDVDもあるが、これなんかはコメディなのだろうか? この作品に限らず、わたしはニール・ジョーダンの既製音楽の使い方がまた好きなのである。『プルートで朝食を』ではRubettesの「Sugar Baby Love」を印象的に使っていたし、この『モナリザ』にちょっと似たタッチの作品でけっこうヒットした『クライング・ゲーム』もBoy Georgeの歌う「Crying Game」が映画の基調をなしていた。そして、この今日観た『モナリザ』では、Nat King Coleの大ヒット曲「Mona Lisa」が映画の冒頭とラストで使われる。

 いや、そんな音楽のこともあるが、この『モナリザ』という映画は、主演のボブ・ホスキンスの映画だろう。もうこの作品は、役者ボブ・ホスキンスに惚れる映画なのだ。
 彼は残念ながら8年前に亡くなられているが、その訃報に接したときに、わたしはもちろん、まずはこの『モナリザ』を思い出した。まあわたしは彼の出演作をそんなに観ていないのだけれども、彼が主演した実写とアニメとの合成作『ロジャー・ラビット』は、まだ幼かったときのウチの娘のお気に入りの作品だったことを思い出す。そんな子供向け作品からコメディ、そしてシリアスなドラマと、いろいろなジャンルの作品に出演された俳優さんだった。

 この作品でのボブ・ホスキンスも、冴えない背の低い、小太りの中年男でぜ~んぜんカッコよくなんかないのだけれども、ちょっと空気を読めてないコミカルな演技から、ついつい不釣り合いな女性に惚れてしまうウェットなところもみせ、ラストにはアクションもみせてくれる。
 ボブ・ホスキンス演じるジョージは、ボスの身代わりになって7年間の刑期を終えて出所したばかりの男で、まずは妻と娘に会いに行くのだが、妻に追い払われてしまう。ボスのモートウェル(マイケル・ケイン)のところに出かけるが会ってもらえない。それでも、高級娼婦のシモーヌ(キャシー・タイソン)の送迎運転手という仕事をまわしてもらう。ダサいチンピラ的風貌のジョージにシモーヌは反発し、衝突もするけれども、次第に二人は打ち解けて行く。そしてシモーヌはジョージに、昔の仲間で今も街娼をやっていると思われる、キャシーという女性を探すのを協力してほしいと語る。
 ジョージは行動を共にするうちにだんだんにシモーヌに惹かれもし、そのキャシーを探すためにロンドンの裏社会にもぐり込んで行くのだけれども、キャシーの背後にはボスのモートウェルがいるのだった。そして、やっとキャシーを見つけてシモーヌに会わせると、実は自分がシモーヌに利用されていたことに気づく(そう思い込む)のだった。そこにモートウェルらがやって来るが。

 ロンドンの夜の街、そしてシモーヌが仕事をする「高級ホテル」、さらにいかがわしい巣窟の描写の撮り分け、そこにジョージがしょっちゅう会う親友のトーマス(ロビー・コルトレーン)の奇妙な仕事場がうまく絡み、終盤にはブライトン・ロックへと舞台も移動し、バックグラウンドをしっかりと描いている。

 ボブ・ホスキンスと相棒のロビー・コルトレーンとの間合い的なやり取りも楽しいし(コレがラストで活かされる)、キャシー・タイソンは美しい。マイケル・ケインは「あと一歩」というところではあったが、何と言っても(何度も言ってるが)、この映画はボブ・ホスキンスである。
 前半のユーモアを含んだ「ダサい男」を演じるボブ、時に妻の目を盗んで娘に会い、車に乗せてドライヴをする「お父さん」のボブ、まったく自分には不相応な女性に惚れてしまい、どうしようもなく相手に気もちをぶちまけてしまう、悲しいボブ(ここでわたしは泣いた)。
 背が低いからか、目を上目づかいに泳がせるボブ・ホスキンスの表情のショットを捉えたカメラは魅力的だ。そしてNat King Coleの歌う「Mona Lisa」だけれども、ひとつにはボブ・ホスキンスは車の中でいつもNat King Coleの歌を聴いているようで、ドライヴのシーンではいろいろなNat King Coleの曲も流れる。そして、この「Mona Lisa」という曲は、まさにジョージ(ボブ・ホスキンス)がシモーヌに抱く気もちを歌ったようなところもあり、Nat King Coleのソフトでエレガントな歌声が、実は殺伐とした映画の中の「現実」からのジョージ(ボブ・ホスキンス)の「救い」もようでもあり、やはりこの曲をこの映画のタイトルにもして、フィーチャーしたニール・ジョーダンの感覚にわたしも惚れるのだ。

 「一件落着」ですべてが終わったあと、車の下にもぐったボブ・ホスキンスが親友のロビー・コルトレーンに、互いの趣味の推理小説のストーリーに似せて自分の愚かさを語り、そこに訪れて来る娘との3人で歩いて行くラストには、人が傷を癒して快方に向かう姿が見られるようで、観ている自分の傷(大したものではないが)も癒される思いがするのだった。また、つらかった時などに観返したい映画だ。そんな時、ボブ・ホスキンスがわたしを元気づけてくれることだろう。