ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『日本の美』中井正一:著

日本の美 (中公文庫 (な58-2))

日本の美 (中公文庫 (な58-2))

 中井正一(なかいまさかず)氏は1900年に生まれ、1952年に癌で亡くなられた「美学者」である。今では「美学者」などと呼ばれる学者もいないのではないかと思うけれども、いわゆる「美術評論家」(中井氏もそういう評論家的な文章も書いておられるが)のような存在ではなく、「美」というものの本質をさぐる、哲学の一分野的なジャンルではあったのだろう。

 中井氏の経歴的なことをちょっと書いておけば、戦前に今話題になっている「滝川事件」の処分に反対する京都帝国大学院の中心メンバーとして活動し、1937年には治安維持法違反の疑いで検挙され、終戦まで監視下に置かれることになる。終戦尾道市立図書館館長に就任し、1948年には国立国会図書館の副館長になられている。けっこう激務だったようで、そのことが彼の死を早めたとも言われている。

 この、わたしが読んだそんなに厚くもない文庫本(中公文庫刊)には、彼の遺著になった1952年の「日本の美」と、1947年に刊行された「近代美の研究」、そしてこの文庫本で初めて掲載された「現代日本画の一つの課題」とが収録されている。
 「日本の美」は、ラジオ放送の「NHK教養大学」での講義を活字に起こしたもので、非常に平易な言葉で「西洋の美と東洋の美」、「中国の美と日本の美」などを語り、各論として日本の「文学」「美術」「音楽」「舞台」の特性、そして「日本の美を貫くもの」で結ぶ。
 これは正直言って「啓蒙文」というか、芭蕉による「わび」、藤原俊成による「幽玄美」、本居宣長による「もののあはれ」などをわかりやすく紹介したもので、中井正一の本来の著作からは距離があるものではないかと思う。

 やはりこの文庫本で読みがいのあるのはまずは「近代美の研究」(全五章)なのだが、刊行されたのは1947年とはいえ、大半の文章は1929年から34年までの戦前に書かれたもので、うち「近代美と世界観」のみが戦後の1946年に書かれたもの。
 全体に読んで、ここでは日本にこだわらず、もっとグローバルな視点から「近代美」を解き明かそうという姿勢がみられる。ここでは中井正一の博覧強記ぶりから、古代からの哲学者の論、現代の建築家のことばなどを引きながら20世紀の「美」の問題点を探る。
 彼は何度か、ギリシア的古典主義の美学とその否定からなるロマン主義との対立について書いているのだが、古典主義が「技術」と「模倣」とを美学の柱に置いたのに対し、ロマン主義とは「天才」、「独創」からなる新しい「美」を提唱するという。そしてその「天才」「独創」「美」は、ともすると「放恣」「個人性」「非真実性」に陥るのではないかと書く。
 どうやら中井氏は「表現主義」以降の個人性の強く押し出された傾向はお気に召さないようなのだが、そのような動きに対するものとして「機械美」というものが提唱される。中井氏はボート競技をやられたことがあるのか、そんなボート競技での各選手の一体感を比喩に使われたりもするのだが、これも「個人性」の否定からくる考えなのだろう。
 これは今読むと、わたしなどの愛好する美術などはほとんど否定されてしまっているようで「あららら」とも思ってしまうのだけれども、意外と今げんざいの「現代美術」には、このような中井正一氏の美学に沿った作家も数を増しているのではないかとも思う。

 さいごの「現代日本画の一つの課題」は「美術評」という側面は持っているが、「でもやはりわたしは現代の日本画よりは古代中国の壺、京都大徳寺狩野永徳の障壁画を選ぶ」というところで、やはり中井正一らしさを感じさせられるのだった。