ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『性差(ジェンダー)の日本史』@佐倉・国立歴史民俗博物館

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 第1章 古代社会の男女
 第2章 中世の政治の女
 第3章 中世の家と宗教
 第4章 仕事とくらしのジェンダー -中世から近世へ-
 第5章 分離から排除へ -近世・近代の政治空間とジェンダーの変容-
 第6章 性の売買と社会
 第7章 仕事とくらしのジェンダー -近代から現代へ-

 この日本が今、驚くべき速さで保守化・反動化していく中で、女性差別もまた顕在化されるようになっている印象があるし、今では「フェミニズム」という言葉はそれだけで揶揄の対象になってしまっている。そんなとき、正面から日本史の中の「ジェンダー」の推移・変化をテーマにした展覧会が開かれるということは、それだけでわたしなどには魅力的であり、これまで知らなかった「国立歴史民俗博物館」という施設の存在も知ることとなった。

 購入した図録掲載の「ごあいさつ」には、この博物館の中心となる二つの「視点」があげられていて、それは「多様性」=「日本列島における少数民族、身分や階層、性差・年齢差を含むマイノリティの視点から歴史をとらえる」、「現代的視点」=「私たちが現在直面している課題に正面から向き合い、歴史的見地からその課題解決に取り組んでいく」という二つだという。
 これまでこの博物館でどのような企画展示が行われてきたのか、不勉強にして知らないのだけれども、この『性差(ジェンダー)の日本史』展はまさに、この博物館の「視点」に合致する展示ではあるだろう。

 上にあげたように、今回の展示は7つの「章」に分けられた展示なのだけれども、これはさらに大きく分けると「政治空間における男女」、「仕事とくらしの中のジェンダー」、そして「性の売買と社会」というふうに大別されるという。さあ、展示を観てみよう(ていねいに書いていくととんでもない長さの文章になってしまいそうなので、ちょっと端折りながら書いていきます)。

 「古代社会の男女」では、なかなか目で見てすぐにそこに男女差があると視覚化される資料もないのだけれども、古墳時代の初期には女性首長も男性と同じぐらいの数があったものが、だんだんに女性首長の数が減少して行ったことが示される。それは律令国家の成立に並行してのことだという。
 「中世の政治と男女」あたりから古文書の展示が多くなり、まあ読めないわけですから、パネル解説をいっしょけんめいに読むことになる。興味深かったのは、中国から仏教が伝来したとき、そもそも中国の仏教観では女性蔑視的な考えが大きかったわけだけれども、それが日本では当初そこまでの女性蔑視はなかったらしいということ。しかし、時を経るにつれてやはり日本でも宗教での女性差別は大きくなっていく。

 やはりわたしなどが観て興味深いのは「仕事とくらしのジェンダー」の展示で、絵画作品の展示も多いし、だんだんに「男の仕事」「女の仕事」というものが分離して行く過程、その「女の仕事」も、時代が下ると抑圧されるようになることがよくわかる。
 それと並行して、武家など「支配階級」の中での「女性」のあり方も提示されるのだけれども、具体的にその「屋敷」の中でも女性の居場所がいわゆる「奥」に位置されるようになるのがわかる。つまり「大奥」なのだけれども、その「大奥」で奉公しようとする庶民女性の生き方など、マンガ風のイラストで紹介されたりして、わかりやすいというかかわいい。

 そしてわたしにとってのこの企画展示の白眉は「性の売買と社会」の章で、ここはほんとうにじっくりと観た。中世の「遊女」(けっこう自立、独立していた)から、江戸時代の幕府公認の「遊郭」の誕生、そしてその後戦後までつづいた売春制度に関する展示である。
 「遊郭」での、商品としての遊女らの暮らしは過酷なものでもあったわけだけれども、今回の展示で「遊女屋梅本屋」において、あまりに非道な抱え主の横暴に耐えかねた遊女ら16人が、2年以上も合議を重ねて皆でその遊郭に放火したという話がかなり印象に残った。どうやら「大火」にならないように慎重に火付けし、すぐに名主方に自首して抱え主の非道を訴えたのだが、裁きの結果抱え主は島流し、「火付け」であれば普通「死罪」なのだが、首謀者とされた4名も島流しということになったらしい。その遊郭での遊女らの書いた日記が展示されていて、毎日の食事などが克明に書かれているのだが、「食事なし」の日も多く、たいていは「香々で茶漬け」。その香々も腐っていたりするのである。このあたりの展示は、「ひとつの象徴的な事件」のドキュメントとして、非常に強い印象を受けた。
 あとはこのコーナーには、あの高橋由一重要文化財でもある『花魁』が展示されてもいた。この作品のモデルをつとめたのは当時のいちばんの売れっ子だった四代目小稲だったのだが、完成した絵を見た小稲は、「妾はこんな顔ではありんせん」と泣いて怒ったらしい。うん、このエピソードには近代絵画(油絵)導入期の「問題」として、いろいろなことが想起されるのだけれども、とりあえず「小稲さん、怒っていいよ!」とは思うのだった。

 まだまだ書きたいことはいろいろあるのだが、あと一つあげておけば、近代の「鉱山労働とジェンダー」としての展示で、山本作兵衛氏の「炭鉱画」が3点展示されていたのがうれしかった。わたしは山本作兵衛氏の作品の「現物」を観るのははじめてだ。思っていたよりも保存がいいというか、きれいな作品だったのが意外といえば意外だったか。

 このテーマで作品を集めたら、いくらでもいくらでも関連資料、作品が展示できることと思うけれども、それではどんどん散漫になってしまうだろう。手元にある資料、作品を中心に、これだけきっちりとした展覧会を実現したこのプロジェクトの代表横山百合子氏と、学芸員の方々はすばらしい仕事をなされたと思う。

 そう、帰りにミュージアムショップで「図録」を買ったのだが、展示された文書をすべて翻刻して掲載し、古い文章には現代語訳が併載されていた。わたしなんか展示された文書なんかぜ~んぜん読めはしないわけだったし、ものすごく助かるのだった。そして展示された以上の解説、「参考作品」として展示されていなかった作品の写真も掲載されていて、「これは買わなくてはいけないヤツだな」と思ったし、COVID-19禍とかで観に来れなかった人など、この「図録」だけでも取り寄せて読めばいいのではないかと思うのだった。