ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『死者と踊るリプリー』パトリシア・ハイスミス:著 佐宗鈴夫:訳

 これがリプリーシリーズの第5作にして最終作。ハイスミスの死でこのシリーズも終わってしまったが、もしもハイスミスがもっともっと長生きしたなら、まだまだこの連作は続いていたことだろう。
 今回は思いっきり第2作の『贋作』の続編で、つまり『贋作』ではリプリーは彼の贋作ほう助行為を暴いたマーチソンというアメリカ人を自宅で殺し、その遺体を近所の川に沈めたわけだけれども、今回はプリッチャードというわけのわからないアメリカ人夫妻がリプリーの近隣に越してきて、「お前はマーチソンを殺しただろう」的な脅しをかけてくる。しかも、近隣の川をボートで渡ってマーチソンの死体を探す気配である。そこに、ある程度その贋作事件のことを知っているであろう、イギリスに住むシンシアという女性も絡んでくる。

 この作品で面白いのは、その「プリッチャード」という夫婦が、なぜリプリーの過去の犯罪を暴こうとするのか、その<動機>がまるでわからないというあたりで、はたして背後に別の人物がいてプリッチャードを動かしているのか、単にプリッチャード(特に夫の方)が自分の興味本位で動いているのかわからないあたりにあるかと思うのだが、この作品のラストまで読んでもそのことはわからない。
 思うのは、プリッチャードの住まいから彼が発見した重大な<証拠品>が出てきて、さすがのリプリーも「年貢の納め時」ということになる可能性もあるということ。そんなリプリーが、同じ「贋作」関連で共犯関係にあるロンドンの画廊のエドにいろいろと手助けしてもらいながらも、さいごに「オレはこういう<犯罪の世界>にどっぷりの人間なんだぜ」みたいな吐露をすることも面白い。

 リプリーシリーズの、特に『贋作』以後の4作を読んで思うのは、このトム・リプリーの奥さんのエロイーズという存在で、彼女はリプリーの<幸福な生活をおくる犯罪者>というあり方に<アリバイ>を与える存在というか、いつもトム・リプリーが「また、犯罪に手を染めるだわさ!」というときにはリプリー邸にはいないわけで、はっきりいえば「とっても都合のいい存在」といったところで、う~ん、ある意味、このリプリーシリーズを面白がれるかどうかという、読者にとっての「臨界点」があるとしたら、このエロイーズを受け入れられるかどうか、というところにあるかもしれない。
 ただ、こういう「虚構」のような世界に生きているのが、トム・リプリーという男なのだ、という読み方ができるだろうか。わたしもまたそういう読み方で、やはりこのシリーズは、トム・リプリーという世間的な<モラル>の欠如した男の、甘美な<ファンタジー>でもあるのかもしれない。