ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ジェラシー』(1980) ニコラス・ローグ:監督

 これは公開当時に映画館で観て、その冒頭のTom Waitsの"Invitation to the Blues"にいささかノックアウトされ、すぐにその曲の収録された"Small Changes"のアルバムを買って、B面1曲目のその"Invitation to the Blues"(邦題は「ブルースへようこそ」)ばかりをひゃっぺん返しに聴いたものだった(おかげで、このアルバムのそのほかの曲はまるで記憶に残っていない)。


Tom Waits - Invitation to the blues (with lyrics)

 その冒頭のシーン、そのTom Waitsの曲をバックに、クリムトエゴン・シーレの作品が次々に登場する。そういった<世紀末>的気分をたたえた絵画と、トム・ウェイツのやさぐれた退廃的な歌声とが、一見ミスマッチ風ではありながらも、やはり見事にマッチングしていると思え、もうこのシーンでノックアウトされてしまう。それで(しかも)この映像の、クリムトやシーレの作品が展示されているのがウィーンのベルヴェデーレ宮殿なわけで、この映画の舞台の「ウィーン」という都市への見事なイントロダクションになっているし、しかも、ここでのクリムトやシーレの作品に描かれる<女性像>に醸し出される「ファム・ファタール」のイメージが、その後の映画の展開を予感させるわけでもある。また、"Invitation to the Blues"の歌詞もまた、そんな映画の内容にリンクする。

 ‥‥ウィーンといえばフロイトよ!ってな感じで、この作品の主人公のアレックス(アート・ガーファンクル)は心理学の教授。アート・ガーファンクルはもちろん「サイモン&ガーファンクル」の片割れで、この映画の前に「キャッチ=22」とか「愛の狩人」とかの映画に出演していて、わたしは観ていないけれども「愛の狩人」の演技は評判になっていたと思うし、この作品でも好演してると思う(ぜったい、ポール・サイモンには演じられない役だ!)
 そのアレックスが、思いっきり<女性(ファム・ファタール)>に躓く、というのがこの作品の要旨というか、その"Moving Violation"("Invitation to the Blues"の歌詞から)としての女性がミレナ(テレサ・ラッセル)。
 ‥‥むむむ、男としてはたして、こういう「躓きの石」的な女性と出会うことは、彼の世界観を豊かにすることになるのか、それとも単に「不幸な体験」で終わるのか。っつうか、その前にこういった「小悪魔」的(といちがいに言えないが)女性に翻弄されたことがあったかどうか、そういうことがこの映画への「思い入れ」をも左右するのかもしれない。
 それでこの作品にはそのミレナの(前?)夫(デンホルム・エリオット)がラストにまるで亡霊のように登場し、アレックスに「彼女の場合、愛してやるだけではダメなんだよ。誇りも捨て去るぐらいに愛し尽くさないと」と言って消えていくのである。
 これだと思う。実はわたしは、その対象は<女性なるもの(人間の女性)>ではないが、ニェネントに接するとき、こういう気もちではいる。ネコのニェネントは気まぐれで、わたしの愛情に素直に答えてくれる存在ではない。でも、わたしはニェネントのことを「愛し尽くさなければならない」とは思っている。そういう意味では、久しぶりにこの映画を観て、「そうそう、そうなんだよ!」とは思うのだった。

 作品の中でミレナが愛読している本が『シェルタリング・スカイ』だったりもして、「ミレナ=キット」という見方にも惹かれるところがあるし、ウィーンと北アフリカとの<距離>を考えたくもなる。そして作品で使われる音楽が先のTom Waitsの"Invitation to the Blues"だったり(この曲は冒頭と、それからあとでもういちど使われる)、Billie Holidayの"I'll be seeing you"だったり(エンディングには同じBillie Holidayの"It's the same old story"が使われてノックアウトされる)、そしてKeith Jarretの"Köln Concert"からの抜粋だったり、そういうセンスも抜群だとは思うのだった。


Billie Holiday - The Same Old Story (1940)

 この作品の原題「Bad Timing」というのは、ちょっと<即物的>すぎるというか、「そういうことかよ!」という気分にもなり、邦題の「ジェラシー」というのも「ちょっと違うんだよなー」という気もするのだが、むずかしいところだと思う。
 そういう、ストーリー的な流れでは「なんだかな~」というところなのだけれども、わたしの好きな映画であることに変わりはない。