ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

2019-09-01(Sun)

 二日つづけてお出かけしたので、今日はほんとうの「休日」にしてゆっくりと休む。いろいろとネット閲覧して、そろそろニェネントのキャットフード(カリカリ)がなくなるので、前に決めたようにAmazonで注文をした。どうも今まで買っていたものと同じ種類だとは思うのだけれども、包装の大きさはちがうようだ。それで単純な価格比較は出来ないのだけれども、100gあたりの価格で計算すると、今まで買っていたスーパー「I」ではおよそ140円、それがAmazonでは80円ぐらいである。「同じものでそこまでの価格差があっていいものか?」という気がするが、とにかくは商品が届いてみて「同じもの」かどうかチェックしよう。

 それでつづけてネットをみていると、神奈川の近代文学館というところで、今月末から「中島敦展」が開催されることを知り、これは是非とも行きたいと思うのだった。そして会期中に池澤夏樹氏による講演「世界文学としての中島敦」というのもあるという。その講演をやはりぜったい聴きたいと思い、チケットを買うことにした(ネットでは買えず、LAWSONのチケットサーヴィスを利用しなければならない)。別の日にはアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の『トロピカル・マラディ』の上映もあるようで、昔観た作品だけれどももう何も記憶していないので、また観たいとも思うのだった(そう、『トロピカル・マラディ』という作品は、中島敦の『山月記』にインスパイアされてつくられた作品なのだった)。

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 このところ、日曜日には、翌月曜から金曜までの「朝食」になるバナナを買っておくことが決まりになっていて、夕方から買いに出た。これはさっき「高い」とくさしたスーパー「I」で買うのだが、そこまで安くはないとはいえ、身が大きくっていちばん美味しく、日持ちもする。
 外はまだ陽射しは強いのだけれども、風が涼しい。もう今日からはカレンダーも9月で、誰が何と言っても「秋」なのだ。
 

2019年8月のおさらい

展覧会:
●『みんなのレオ・レオーニ展』@新宿・東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館
●『Lifetime クリスチャン・ボルタンスキー』@乃木坂・新国立美術館
●『特別展示「首くくり栲象」』@六本木・小山登美夫ギャラリー

映画:
●『新聞記者』藤井道人:監督

Live:
●『TRIO IMPROVISATION』入間川正美(cello)x大熊ワタル(clarinet 他)x竹田賢一(大正琴)@八丁堀・七針

Book:
●『くじ』シャーリイ・ジャクスン:著 深町眞理子:訳
●『山荘綺談』シャーリイ・ジャクスン:著 小倉多加志:訳
●『城』フランツ・カフカ:著 辻瑆・中野孝次・荻原芳昭:訳(旧版「カフカ全集 1」より)

ホームシアター
●『残菊物語』(1939) 村松梢風:原作 依田義賢:脚本 溝口健二:監督
●『ライフ・アクアティック』(2004) ウェス・アンダーソン:製作・脚本・監督
●『ひろしま』(1953) 関川秀雄:監督 伊福部昭:音楽
●『銃殺』(1964) ジョセフ・ロージー:監督
●『唇からナイフ』(1966) ピーター・オドンネル:原作 ジョセフ・ロージー:監督
 

『特別展示「首くくり栲象」』@六本木・小山登美夫ギャラリー

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作品展示:宮本隆司写真作品、栲象さんの活動資料、羽永光利写真作品
上映作品:
宮本隆司撮影・庭劇場ドキュメンタリー作品『Kubikukuri Takuzou』(2011)
インスタレーション『首くくり栲象 声とことば』映像・構成:余越保子(2010)
余越保子『Hangman Takuzo』(2010)

 宮本隆司さんによる首くくり栲象(たくぞう)さんの写真展は、この春に横浜のBankArtで開催されていたものだけれども、その展示を観た小山登美夫さんが栲象氏の「あり方」に衝撃を受け、また、栲象氏の若い頃の写真を自分が知っていることに気づき、この特別展示を企画したという。

 栲象さんは、国立の自宅庭で「庭劇場」を開催、自らのパフォーマンスを披露されていた(わたしも訪れたことはある)。「首くくり栲象」と言われるように、彼のパフォーマンスは「首吊り」であった。庭の木に特製の(ほんとうに首を吊ってしまわないための)ロープを下げ、そこに首をかけるというパフォーマンス。栲象さんはごく若い頃からこのパフォーマンスを始められ、その晩年、昨年亡くなられるまでは「庭劇場」を継続されていた。亡くなられた後にその国立の家で宮本さんの追悼の写真展も開催されていたから、栲象さん関連の展示はこれで三回目になる。

 栲象さんのパフォーマンスはまさに「畏怖」ということばを想起させられるもので、宮本さんの写真作品も、その「畏怖」をどう定着するか、ということから撮られていた印象がある。
 この宮本さんの写真作品はわたしも何度も観ていたわけだけれども、今回の特別展示では三種類の映像作品が上映され、わたしは今回はこれらの映像を観たいと思っていた。

 余越さんのドキュメンタリー『首くくり栲象 声とことば』は会場の条件で音声が聞き取りにくく、ちょっと受け止めかねたところもあるが、「庭劇場」の公演(?)を一回分そっくり記録した宮本さんのドキュメント、『Kubikukuri Takuzou』と、一部ですでに何度か上映されて伝説になっている余越さんの『Hangman Takuzo』とは、栲象さんの表現、そしてその秘密を解き明かすものとして興味深く観た。

 固定されたカメラからその「庭劇場」でのパフォーマンス全篇を記録した『Kubikukuri Takuzou』は記録としても貴重なもので、栲象さんの「意識の流れ」をも伝えるものではないかと思った。
 そのパフォーマンスの後半、まさに絶妙のタイミングで一匹のネコが現れ、画面を通り過ぎて行ったのだが、「まさか<仕込み>ということもあり得ないだろう」とあとで宮本さんにお聞きしたのだが、もちろん<偶然>の産物で、あのネコは栲象さんが飼われていたネコだったということだ。

 余越さんの『Hangman Takuzo』は、余越さんの拠点がアメリカであることから、まずはアメリカでの上映が企画されたらしいのだが(そのせいか、英語字幕がついている)、アメリカでの「首吊り」への禁忌から上映がなかなかかなわなかったという。
 このことはあとで宮本さんにお聞きしたのだが、そのアメリカでの「首吊り」への禁忌とは、日本で考えるような「自殺」への連想ではなく、Billie Holidayが『Strange Fruit』で歌った、アフリカ系アメリカ人へのリンチが想起されるからだということだった。これは思いもよらない「理由」で、それぞれの文化が抱える「タブー」として、考えることの多いことだった(日本という国は、そういう「タブー」を打ち捨てる「恥知らず」の国ともいえる)。
 この映像の終盤で、いっしょに出演されている黒沢美香さん(彼女と栲象さんとのパートナーシップは強いものがあったが、今はお二人ともこの世界にはいらっしゃらない)が、栲象さんに「首を吊っているときに、<あなた>はどこにいるのか?」と執拗に訊かれていたことが心に残った。
 

『Lifetime クリスチャン・ボルタンスキー』@乃木坂・新国立美術館

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 ボルタンスキーの作品というのは、観ているようでちゃんと観てはいない。今回の展示はもちろん会場に合わせた新作インスタレーションもあり、同時に今までの彼の活動を総括する「回顧展」という性格も合わせ持つというから、やはり観ておきたい展覧会ではあった。

 会場に入ろうとすると、その入り口壁面の上部の「DEPART」との青いLED電球で書かれた文字が観客を迎え入れる。入ってすぐの2点の映像作品、そのあとの3点ほどの粘土による作品は、この展覧会トータルな作品群の中では彼の初期の作品ということでちょっと異質ではあるのだけれども、通底するトーンというのは感じられるし、「これから<異世界>へ足を踏み入れるのだ」という導入部の役を果たしている。特に粘土の作品は「記憶」の問題へのこだわりとして、以後のアウシュヴィッツの犠牲者の写真を使った作品へと連なって行くようだ。
 そのあとにつづく、冥界をさまよわせられるような展示世界は、まさに人の生と死を超越したような世界で、わたしはまるでダンテの『神曲』の中にはまり込んでしまったような感覚を味わった。

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 進んでいくと、ぱっと明るい開けた展示室があり、それは三面のスクリーンに映像を映す「ミステリオス」という作品。パタゴニアで撮影されたという映像は静止しているようでいたがヴィデオ作品で、左の面には陸に打ち上げられたクジラの骨格が映されている。中央に映っているラッパみたいなオブジェ(ポスターやチラシにこのオブジェが写されている)で、ボルタンスキーはクジラとのコミュニケーションを試みたのだという。実はわたしは、この作品が好きだ。

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 展示が終わり、出口の上にはこんどは赤いLEDで「ARRIVEE」の文字が。わたしは到着した。
 

2019-08-31(Sat)

 暑かった8月も今日でおしまいという土曜日。今日もまたふたつのイヴェントに出かけたい。ひとつはもう明日、明後日で終わってしまう『Lifetime クリスチャン・ボルタンスキー』展、もうひとつは同じ六本木の小山登美夫ギャラリーで今日までの『特別展示「首くくり栲象」』展。「首くくり栲象」の展示にはいろいろと映像も上映されるので、4時ぐらいにはギャラリーに行きたい。そうするとボルタンスキーは2時ぐらいに行きたいところ。逆算すると1時前には家を出なくっては。
 ‥‥しかし、昨夜帰宅が遅くなり、寝るのも日付けが変わってからになっていたし、まあ8時過ぎまで寝たとはいえ、疲労はそう簡単には取れなくってだるい。また出かけるギリギリの時間まで、「出かけるのはやめようか」と真剣に考えてしまったが、もうボルタンスキー展は今日観なければ行けそうにないし、小山登美夫ギャラリーも今日が最終日。やはりがんばって出かけるのだった。スケジュールとしては家で昼食をすませて1時前に出発、2時に新国立美術館到着し、ボルタンスキー展観覧に2時間ぐらいかな? そのあと「首くくり栲象」展で、こちらは映像作品がたくさんあるので、けっこう時間がかかる。6時から有料で「Hangman Takuzo」の上映があるので、これを観る。そういう長丁場な予定。

 新国立美術館へ行くのは千代田線だとかんたんで、乃木坂駅を降りるとまるで外に出ないでそのまま美術館の中に入れてしまう。

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 到着して2階の入口へ行くと、チケットを買う人の列が出来ていた。さすが会期最後の週末だけれども、「ボルタンスキー、人気あるのだね」という感じ。「ゆっくり作品を観ることが出来ないかな」と危惧したけれども、さいしょの映像作品をすき間から覗き見しただけで終わらせた以外は、ま、インスタレーション展示ですからね、ゆっくりと観ることが出来た。鑑賞時間1時間ちょい(ちょっと早く観すぎた?)。
 ミュージアムショップに寄って、さいしょの作品「DEPART」とさいごの作品「ARRIVEE」の絵ハガキを買おうとレジに並んでいて、「やっぱり図録も買おう!」となってしまった。予定外の出費だけれども充実した図録のようだったからいい(また読む本が増えたか)。

 次はずずん!と六本木の交差点の方へ向かい、小山登美夫ギャラリーへ。展示されているMさんによる栲象さんの写真を観て、区切られている映写室に入ると、いらっしゃっていたMさんに声をかけられた。ここで2本の映像を観ているとだいたい2時間ぐらい経ち、6時の「Hangman Takuzo」上映時間になった。スケジュール的には「ちょうどばっちり!」というところだった。

 上映が終わって、Mさんから展示されていた栲象さん資料の説明を聞き、「時間があれば飲みに行きましょう」とのお誘いを受け、異存があるわけもないので、Mさんのご存知の近くのそば屋へ行って飲んだのでした。
 Mさんとはいろんな集いでいっしょに飲んだことは何度かあるけれども、差し向かいで飲むというのはもちろん初めてです。わたし的にはちょびっと緊張いたしましたが、アルコールのおかげもあって会話もはずんだし、いろいろと面白いお話を聴くこともできた。わたし、ビール中ジョッキ3杯飲んだだけだったのに、出るときにはちょっと足がふらついてヤバい。同じ日比谷線で帰途につき、霞ヶ関駅でMさんは丸ノ内線、わたしは千代田線とお別れした。「また飲みましょう」と。
 

『みんなのレオ・レオーニ展』@新宿・東郷青児記念損保ジャパン日本興亜美術館

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 先に書いたように、わたしはこの展覧会で、彼の「平行植物」関連の作品がまず観られればいい、ぐらいの気もちでいて、もちろん立体作品も含めてのそんな「平行植物」関連の作品を堪能したのだけれども、思いがけずにレオ・レオーニのシンプルな絵本に夢中になってしまっていた(これは、まず展示を観る前に、入り口で上映していた彼の絵本のアニメーションを全部観ておいたことがすっごいプラスになった)。

 どうも、今の日本に生きていて、いろんな報道とかを耳にして目にしたりしていると、どうしても心がぎすぎすとしてしまい、「これではちょっとしたことでも心の中で血が流れ出しそうだ」とも思ってしまう、そんな心が、レオ・レオーニの絵本を観ているとまさに「癒される」というか、「やさしさ」とはこういうことを言うのだよ、という気分になる。

 1910年生まれのレオ・レオーニは父がダイヤモンド研磨師、母がオペラ歌手という裕福な家庭に生まれ(生誕地はオランダ)、幼少期をコスモポリタン的に世界各地で過ごすのだけれども、15歳からはイタリアで生活し、彼はイタリアで勃興した「未来派」の洗礼を受けて美術家としての活動を始める。しかしイタリアでのファシズムの勃興で、ユダヤ人だったレオーニ一家はアメリカに亡命、戦後はアメリカでグラフィック・デザイナー、アート・ディレクターとして名を馳せることになるのね。
 それで1958年、ブリュッセルでの万国博覧会で彼はアメリカのパヴィリオンのアート・ディレクターになり、そこでアメリカの直面する問題として「人種差別」を取り上げ、人種差別を越えた将来の世界を提示しようとしたのだが、なんと、ここでアメリカ政府からの横やりがはいり、なんと、パヴィリオンは閉鎖されてしまう。これはどうしたって、今日本で起きている「嫌韓」、その象徴的な出来事としての「あいちトリエンナーレ」での「表現の不自由展・その後」の展示中止問題と相似形である。
 この「ブリュッセル万博」の顛末は詳細わからないけれども、アメリカはまさにマッカーシズムの時代で、レオ・レオーニの勤務先にも、そのマッカーシー上院議員から「アイツはアカだ」との手紙が届きもしたらしい。
 そしてそんな出来事の翌年1959年、彼が49歳の年に、彼は自身初の絵本「あおくんときいろちゃん」を出版する。この絵本は具象的な絵はまるで描かれず、ただ「青」と「黄色」の色彩、その混ざり合った「緑」とで描かれた絵本で、誰がどう見ても人種による肌の色のアナロジーで描かれた絵本だろう。これはレオ・レオーニ自身がはっきり言っているわけではないらしいが、もちろん「ブリュッセル万博」での忌まわしい出来事の記憶から生まれたものだろう(レオの娘さんのアニー・レオーニもそのように語っているらしい)。

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 思ったのは、そんな「不寛容」と「憎しみ」の横行する時代、そんなネガティヴな感覚、感情を人は生まれながらに持っているはずもなく、「社会」の中で生きることで、なぜか「不寛容」や「憎しみ」を学んでしまうのではないのか。わたしは「<童心>に帰って」という言葉は決して好きではないけれども、レオ・レオーニは、児童の精神に立脚して以後の彼の「絵本」を描き続けたのだろうと思う。
 とにかくわたしは、このレオ・レオーニの作品の展示を観て、気もちのいい適温の温泉にひとりで浸かっているような気分になったというか(わたしは<温泉>は好きではないのだけれども)、彼の絵本を全部買って、ゆっくりと自分の部屋でニェネントくんといっしょになって眺めていたいものだ、などと思ったのでした。またこの展覧会にはゆっくりと行きたいと思っています。