ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『秘密指令』(1949) アンソニー・マン:監督

秘密指令 The Black Book [DVD]

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  • ロバート・カミングス
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 1949年に最初に公開されたときのタイトルは「Reign of Terror(恐怖の統治)」だったけれども、すぐに「The Black Book」と変更された。じっさい、わたしが観た映像では冒頭のタイトルは「The Black Book」だったけれども、ラストに出たクレジットは「The End of The Reign of Terror」となっていた。
 脚本はまず、ハリウッドで多くの歴史モノを書いたイーニアス・マッケンジーが書いたが、アンソニー・マンと組んだ脚本家のフィリップ・ヨーダンは、イーニアス・マッケンジーの脚本を「観客はフランス革命のお勉強をするわけではない」と大幅にリライトし、ロベスピエールが「処刑者リスト」を書いた、架空の「黒い本」をめぐる争奪戦をメインに、ハリウッドの「スパイ映画」的視点を導入したのだった(数年後ハリウッドの「赤狩りの時代」に、ハリウッドの「ブラック・リスト」に載った脚本家をフィリップ・ヨーダンがサポートしたことを考えると、ちょっとした「歴史の皮肉」を感じる)。

 撮影はアンソニー・マンらしくも低予算でわずか2ヶ月ほどで撮り終えたが、マンはこの作品がそのように実現できたのは、プロデューサーのウィリアム・キャメロン・メンジーズの能力のおかげだと語ったというが、このときヴィクター・フレミングが撮っていた『ジャンヌ・ダーク』のセットを、けっこう使いまわしさせてもらったという。

 わたしはこの作品は相当の「傑作」だと思い、「アンソニー・マン、なんてスゴいんだ!」と思ったのだけれども、ここにはジョン・オルトンという名カメラマンとのコラボレーションがあり、アンソニー・マンとこのジョン・オルトンには、1947年の『Tメン』という傑作があったということ(他に「Border Incident」、「Raw Deal」などの2人のコラボ作品があるようだ)。

 ストーリーは「フランス革命」での「ロベスピエール失脚」までを描いた作品だけれども、「黒い本」というのが創作であるように、主役のシャルル・ドゥヴィニーと、大活躍するその恋人のマデリーンは「実在の人物」ではない。

 映画の冒頭でこのドラマの背景、燃え上がる火焔をバックに逃げまどう市民、上から落とされるギロチンの刃、それからロベスピエールやジョセフ・フーシェサン・ジュスト、ダントンら主要人物の簡単な説明があり、もはやロベスピエールが台頭するまでに48時間しか残されていないことが示される。
 まずはロベスピエール(リチャード・ベースハート)が同志のデュヴァルをパリに呼び寄せるのだが、そのデュヴァルはロベスピエールを倒そうとしているシャルル・ドービニー(ロバート・カミングス)に殺害され、ドービニーはデュヴァルに成りすましてパリへと向かう。じっさい、パリにはデュヴァルに会ったことのある人物はいなくって、しばらくはドービニーの身元はバレないのだ。デュヴァルの妻がパリにデュヴァルに会いに来るという情報があり、ドービニーのかつての恋人のマデリーン(アーレン・ダール)が「デュヴァルの妻」を名乗って登場し、ドービニーは窮地を免れる。しかしやはり真相はバレ、ドービニーはロベスピエールサン・ジュストらに追われることになる。
 ドービニーはフランソワ・バラスを味方とし、あれこれロベスピエール失脚の策略を練るが、ロベスピエールが、彼が逮捕処刑する人物らをリストした「黒い本」を持っていること、その本を入手すればロベスピエールに決定的打撃を与えられるとして、その「黒い本」をドービニーとマデリーンとで探すのであった。

 ほんとうはもっともっといろんな展開が詰め込まれていて、それこそ「息もつかせぬ面白さ」なのである。これは現実の「フランス革命」での「テルミドールのクーデター」を背景に、ドービニーやマデリーンという架空の人物、そして「黒い本」というフィクションを巧みに取り入れた脚本の面白さであろうし、今まで観たアンソニー・マンの作品での演出のように、急テンポに次々と主人公が難関に立ち向かい、みごとに解決していく展開であり、さらに、(先にも書いたが)この作品で撮影監督をつとめたジョン・オルトンの、陰影をみごとにとらえた撮影の素晴らしさ、ということもある。

 例えば冒頭のシーン、ドービニーが馬で隠遁する穏健派の重鎮ラファイエット公爵を訪ねる場面、ドービニーの馬がラファイエット公爵の屋敷の前に到着するとそのままカメラは公爵邸の中を上から俯瞰する視点になり、手前(画面下)にすわっているラファイエット公爵の前に、扉を開けてドービニーがやって来るのだが、このシンメトリーの画面、扉の窓の外から左右から射し込む陽の光、その影が美しくも印象に残り、このシーンだけでも「この映画はスゴいぞ!」と期待させられるのだ。
 このあとも、パリでの牢獄の中での格子から射し込む光と、薄暗い手前にうずくまる囚人たち、そして奥の明るい高い場所に立って囚人を見下ろすロベスピエールの場面も印象に残るし、こういう演出はラストの、ついにロベスピエールの失脚する「市民集会」の撮影でも見られる。

 また、ロベスピエールら実在の人物の描写でやっぱりいちばん面白いのがジョセフ・フーシェの存在で、状況を見ながらロベスピエール側についたり、反ロベスピエールになったり、なかなかの面妖ぶりである。彼を演じたアーノルド・モスという俳優がまたいいのだ。さいごの集会で長々と演説をぶち始めたロベスピエールに、このジョセフ・フーシェがとなりの男に「彼の口を封じろ」と命じ、その男がロベスピエールの顎を撃つのである。この場面、まるでエイゼンシュタインの『戦艦ポチョムキン』のあまりに有名なシーンのように、血まみれのロベスピエールの顔のアップになることもすごいが、現実にもロベスピエールは処刑される前に顎を大ケガしていたらしい(自害し損ねたためらしいが)。

 とにかくはアクションあり、追っかけっこあり、娯楽作品として今の時代でも一級品としてこのまま通用する作品だと思った。というか、VSXとかに頼るばかりのような今のハリウッド作品より、よっぽど面白いのではないかとは思った(わたしは最近のハリウッド・アクション映画なんかまったく観ないけれどもね!)。だいたい、90分という尺で、これだけの内容をぶち込んでしまってることだけでも驚きだ。
 そうそう、ちょい役で、犬と猫とがとってもいい味の演技を見せてくれていたのだ。