この作品は、アニエス・ヴァルダが事務所兼住居を構えたパリ14区のダゲール通りに暮らす人々を撮った、ドキュメンタリー作品。
ダゲール通りはモンパルナスにある庶民的な通りということだけれども、この地にはかつて「世界最初の写真」であるダゲレオタイプを発明したルイ・ジャック・マンデ・ダゲールが住んでいたところで、そのことにちなんで「ダゲール通り」と名付けられているらしい。
アニエス・ヴァルダも長くこの通りに居を構えていたのだけれども、このドキュメンタリー撮影時に2歳の子供がいて、自宅から長時間離れることができなかった。それでヴァルダは自宅周辺の人々をドキュメンタリーで撮ることになったが、そのとき自宅から90メートル(300フィート)以内、つまり彼女の家からケーブルが伸ばせる範囲内で撮影したのだという。
作品の原題はダイレクトに「Daguerreotypes」(ダゲレオタイプ)というもので、これはヴァルダにとってこのドキュメンタリーがまさに「ダゲレオタイプ写真」の延長にある、という考えによるものらしい。
登場人物はその「ダゲール通り」で店を開く人々で、たいていは夫婦で登場する。パン屋さん、香水屋さん肉屋さん、床屋さん(同じ店で奥さんは美容院をやっている)、雑貨屋さんなどなど。それぞれカメラはその店の中に入り、店主とお客さんとのやり取りを捉えている(カメラマンは複数いたらしいが、そのうちの一人は、のちにゴダールの『ヌーヴェルヴァーグ』やジャック・リヴェットの『美しき諍い女』、そしてクロード・ランズマンの『ショア』などを撮影するウィリアム・リュプチャンスキーだったりする)。
やはりわたしも、最近は「個人商店」のような店でときどき買い物するようになっていて、そういう、店での「人とのふれあい」みたいなものはいいなあ、などと思ったりしているのだけれども、この作品に出てくる店はやはり、スーパーマーケットなどとは違う「人肌のあたたかさ」のようなものを感じることが出来る。作品の中で夫婦は「いつ、どうやって知り合ったの?」など、簡単な質問も受け、その答えがまた、ほっこりとしていいのである。
ダゲール通りにやってきた「超魔術師」なる人物が行う、けっこう狭いところでの興業のさまも映されているのだけれども、その観客がたいていはこのドキュメンタリーに登場していたお店の人だったりして、そんな人たちが「店の仕事」から離れた姿を見ることができるのも楽しい。
ラストは、そんな登場したカップルが並んで、記念写真のように立ち止まって撮影されたりしていて、それはまさに「ダゲレオタイプ」というところだっただろうか。
とっても素敵なドキュメンタリー、ではあった。