ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ロング・グッドバイ』(1973) レイモンド・チャンドラー:原作 ロバート・アルトマン:監督

 チャンドラーの原作から映画用の脚本を書いたのは、リイ・ブラケットという人物なのだが、このリイ・ブラケットという女性の経歴はなかなか面白い。この人はSF作家として知られ、日本でも彼女の作品の邦訳は何冊も出ているし、なんと『スター・ウォーズ エピソード5/帝国の逆襲』の脚本も手掛けていたらしいが、仕上げることなく亡くなられてしまった。
 いちおう彼女のデビュー作がレイモンド・チャンドラー的なハードボイルド小説でもあったところから、ハワード・ホークスはチャンドラーの『大いなる眠り』を映画化するときにこのリイ・ブラケットに声をかけ、『三つ数えろ』が生まれた。その後もハワード・ホークスは、自分が監督したジョン・ウェイン作品の脚本を彼女に頼んでいた。
 ロバート・アルトマンはチャンドラーの『長いお別れ』を映画化するに際して、同じチャンドラーの『三つ数えろ』の脚本がリイ・ブラケットだったことから、彼女に脚本を依頼したのだという。この人の名前は覚えておこう。

 原作が刊行されたのは1953年のことだけれども、このリイ・ブラケットの脚本は映画の背景を70年代風に置き換え、主人公のフィリップ・マーロウも「ハードボイルドの主人公」とはひと味違った人物に仕上げた(これは監督のロバート・アルトマン、マーロウ役のエリオット・グールドの手柄でもあるだろうけれども)。
 おそらくはこの作品での「フィリップ・マーロウ像」というのは、のちにデヴィッド・フィンチャートマス・ピンチョンの『インヒアレント・ヴァイス』を映画化したときに大きな影響を与えただろうし、わたしが先日観たタランティーノの『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』だって、この『ロング・グッドバイ』の影響を受けていると思う。

 映画は、寝ているマーロウのところにネコが「メシくれ!」と跳び乗って来るところから始まるのだけれども、この冒頭のシークエンスでのその「ネコ」の演技(?)というのは特筆モノで、わたしはこれだけ見事に役を演じきったネコというのを、見たことがない。
 ネコのあとはイヌで、アイリーン・ウェイドの飼い犬だとか野良犬だとか、いろんなイヌが登場するのだけれども、これもまた素晴らしい! 特に、メキシコだかの空き地で交尾しようとしていたワンコなんか、絶妙の撮影タイミングだ。

 原作はどうかしらないけれども、わけのわからない不穏な男たちがあれこれ出て来る作品で、そんな脇役たちが映画の奇妙な空気をフォローしていたと思う。ドクター・ヴェリンジャーもどこかおかしいし、「みんなで裸になろう」なんていい出すオーガスティンという男なんぞ、まさにタガが外れている。
 これらの異様な男たちはマーロウが謎を解くヒントを与えてはくれるが、ある面で「事件」に利用されているだけで、「事件」そのものとは無関係といってしまっていい。
 マーロウもそんな「利用される人物」にされそうなのだが、映画終盤のマーロウの行為は「怒り」ゆえ、だろう。
 「始末」をつけたマーロウは並木道を歩いて行き、そこで実は「事件の中心人物」だったアイリーンの乗った車とすれ違うのだが、このシーンはちょっと『第三の男』のラストシーンを思い起こさせられる。
 さらにマーロウは道を進んで行き、もう背景の中に溶け込んでしまうほどになるけれど、こういうシーンもまた、『羊たちの沈黙』のラストを思い出してしまう。

 撮影監督はヴィルモス・スィグモンドで、ワンショットで人物にズームで寄って行って、そのまままた引いて行くとかいうのも面白い撮影だったし、マーロウがアイリーンの車をどこまでも走って追って行くシーンの撮影もまた、ひとつの「見せ場」ではあっただろう(全速で走るマーロウは、それでも「くわえタバコ」はやめないのだ)。
 とにかくは「It's O.K. with me」。楽しい映画だった。