ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『裏窓』(1954) アルフレッド・ヒッチコック:監督

裏窓 [DVD]

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  • ジェームス・スチュアート
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 原作はコーネル・ウールリッチの短編「It had to be murder」で、これをジョン・マイケル・ヘイズが脚色した。出演は前作『ダイヤルMを廻せ!』に引き続いてのグレース・ケリー、そして『ロープ』に出演していたジェームズ・スチュワート。これに通いの看護のステラの役で、セルマ・リッターという役者さんがいい味を出している。

 昨日観た『ダイヤルMを廻せ!』でもヒッチコックは「一室の中だけでの展開」ということにこだわっていた気がするが、この『裏窓』もまた、主人公のジェームズ・スチュワートがいるアパートの部屋に限った展開という感じ。しかし、この映画ではそのジェームズ・スチュワートの部屋から見える外の風景、特に向かいのアパートの各々の部屋の様子こそが重要な役割を持つ。

 足を骨折してギプスをはめて寝ている(あと1週間でギプスも取れる)写真家のジェフ(ジェームズ・スチュワート)は、自分の部屋の窓から向かいのアパートを見ることを楽しみにしているというか、その向かいのアパートの住民はというと、ベランダにマットを持ち出して寝ている夫婦、いつも男たちが出入りしているダンサー、逆にひとりぼっちで酒を飲んでいる「ミス・ロンリー」、彫刻をやっている女性、ピアノを弾いて作曲をやっているらしい男、寝たきりの妻を持つセールスマンの男などなど。
 ジェフのところへ来る通いの看護のステラは、そんなジェフをみて「デバカメさん」(日本語字幕の通りに書く)と呼んでいる。あと、毎日のようにジェフの恋人のリザ(グレース・ケリー)がジェフを訪れて来て、実は彼女はジェフと結婚したいと思っている。
 向かいのアパートには新婚夫婦も越して来てジェフの楽しみも増えるのだが、あるときジェフは中年セールスマンは夜中に何度も大きなカバンを持って外出しては戻って来るのを見る。そしてそれ以来、寝ていた彼の妻の姿は見えなくなるのだ。
 さらにジェフは男が大きなナイフとのこぎりを持っているところも目にし、さらに大きなトランクを引っ越し業者に運ばせもする。ジェフは男が妻を殺害したのではないかと想像する。
 ジェフは知り合いの刑事にこの話をするが、いちおう調べてみた刑事には疑わしいところはなかったという。
 しかし、双眼鏡や望遠カメラを持ち出して隣家を観察するジェフに、リザもステラも「あの男はあやしい」と同意する。ついに、動けないジェフの代わりに、リザは男の部屋へ入り込んでしまうのだった。

 これは話としては「覗き見趣味」が嵩じた男の「妄想」と紙一重の展開で、双眼鏡や望遠カメラでの窃視はもう、ジェフの方こそが「犯罪者」と言われてしまう。ましてやいちど刑事が調べて、いなくなった妻はジェフの見ていないときに男といっしょに駅へ行った、という証言を得ているのだから、そういう意味ではもう「事件性」はゼロである。
 しかし、ナイフやのこぎりを見ているジェフは、男の妻が自分のハンドバッグや宝石も置いて行っているのを見て「おかしい」と思い、その考えにリザも「女性は宝石を置いて旅には出ないわ」と同意する。さらに男が浴室の壁を塗り替えるのを見て、セルマなどは「浴室で奥さんをバラバラにしたのよ!」なんて言うし。
 けっきょく彼の部屋に忍び込んだリザは、男のバッグの中に妻の結婚指輪を見つけたところで男に見つかり、ちょうどやって来た警察に連行されるが、その前に向かいの窓のジェフに手でサインを送る。そのサインを見た男は「向かいの部屋の男がしている」と気づくのだ。ついに男はジェフの部屋へちん入して来るが‥‥。

 昨日観た『ダイヤルMを廻せ!』では脚本は夫の犯罪計画を真っ直ぐに追いかけて「遊び」の要素もないのだけれども、この『裏窓』ではそもそもの「向かいの部屋で犯罪が起きているのではないのか?」という疑惑を追う本筋に、いろいろな寄り道、遊びの要素がちりばめられていて楽しい。
 向かいのアパートのそれぞれの部屋に見える人々の「人生」も、いろいろな進展を見せ、いちどは睡眠薬自殺を図ろうとしたらしい「ミス・ロンリー」は上の階のピアノのメロディを聴いて思いとどまり、ラストではそのピアニストの部屋を訪れている「ミス・ロンリー」の姿が見られるし、彫刻をつくっていた女性には戦地から恋人が帰還して来るのだ。事件の終わりにまた窓から落ちてもう一方の足をくじいたジェフのとなりにはリザがいて、ジェフの写真家としての仕事に関係あるのか、「ヒマラヤ」についての写真本を見ている。
 そもそも映画の冒頭からしばらくは、「事件」とは無関係なジェフとリザの話がけっこう続く。こんな狭い範囲でのドラマではあるけれど、リザは部屋を訪れるたびにゴージャスな装いを見せてくれ、観客の目を楽しませるだろう(衣装はイーディス・ヘッド)。

 撮影には、ジェフの部屋と、そのジェフの部屋から見える外の建物もすべて「セット」でつくられたそうで、映画会社にとっても最大のセットのひとつになったという。見えないところで大変だったのが、雨のシーンのためにつくられた「排水セット」だったという。
 映画はさいしょにジェフが向かいのアパートを順繰りに眺めて行くシーン、ノーカットでカメラを移動させながら撮って行ってるのだけれども、大変なのは各々の部屋の中でそれぞれに演じる役者さんたちのタイミングでだったわけで、作り込みの細かい作品にはなっている。
 音楽も本編で流れる音楽はその上の階の作曲家ピアニストの弾くピアノ、そしてどこからか聞こえて来るラジオからの音楽だけになっている。

 けっきょく、この犯罪ドラマは、ジェフの部屋の外で起こるのをジェフの部屋から眺める、というつくりになっているのだけれども、ラストだけは犯人がジェフの部屋に踏み込んで来て、それまで「ただ眺める」ための場であったジェフの部屋が、一気に「犯行現場」になって行く。このあたりの展開はほんとうにハラハラドキドキした。
 書いたような脚本の面白さもあって、久しぶりにヒッチコックらしい「犯罪ミステリー/サスペンス」を堪能した。