ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『呪はれし腕』トマス・ハーディ:著 森村豊:訳(ハーディ短篇集『月下の惨劇』より)

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 そのあたりの大きな農家の主人ロッヂは、若い嫁をもらうという噂があたりの小作人、牛の乳しぼり場に働く人たちのあいだに拡がった。中でも乳しぼりに従事するローダは人一倍、その新しい嫁に興味を抱いていた。ローダは夫はいないが若い男の子の家族があったが、その男の子に新しいロッヂ夫人を見にやり、「どんな女性だったか」を息子に聞くのだった。
 なぜそこまでロッヂの嫁に執心するかというと、つまりローダは過去にはロッヂの「愛人」だったのだ。そしてその新しい若い嫁を恨む心もあった。
 ある夜、ローダの夢の中に幽霊のように色白の女性と出会い、その女性の腕を強くつかむのだったが、その夢は妙に生々しく、ローダには現実に起こったことのようだった。
 同じ夜、ロッヂ夫人のガートルウドも夢をみて、夢の中で見知らぬ女に腕をつかまれるのだが、そのつかまれた腕の部分は変色し、日が経つごとに痛みも増し、当人も青白く不健康になってしまうのだった。

 いろいろとはしょって書けば、ガートルウドは腕を直すために、村はずれに住む古い妖術に詳しい老人に会って治療法を聞くのだが、その治療法は、絞首刑になった直後の死刑囚の首に、自分の腕をあてるというものだった。
 ちょうどとなり村で絞首刑が執行されるという話を聞き、夫のロッヂもちょうどそのとき外出して不在でもあったので、単身となり村へ出かけるのだった。
 これはどういうことになったかというと、その絞首刑になった若い男とは、ローダのひとり息子だったのだ。そして絞首台から降ろされた息絶えたばかりの死体の首にガートルウドが腕を当てたとき、彼女の前に彼女の夫のロッヂと、そしてローダとがあらわれるのだった。驚愕したガートルウドはその場に倒れ、ついには命を失ってしまう。
 同じくショックを受けた夫のロッヂは自分の農地を全部売り払い、ひとり田舎に隠居するが、二年ほど後に亡くなってしまう。ローダもしばらくは姿を消していたが、また元の乳しぼり場に戻ってきて、そこで長くひとりで暮らしたという。

 う~ん、なんというのか、あんまり後味のよろしくない作品というか、若妻のガートルウドにはこれっぽっちも咎を負うようなことはしていないわけで、まずは理不尽な腕の病いに長く苦しめられ、その病いから解放されようとしたときにショッキングな運命を直視しなければならなかったわけだ。
 だいたいいちばんヤバいのはこのダンナのロッヂこそで、かつて自分の子供を産ませたローダとの仲を、十年以上にわたってまったく清算していなかったわけだろう。まあ結婚する前に愛人がいたことを隠している男というのもそれなりにいることだろうが、ちょっといただけない話。そういう意味ではこの物語、ロッヂという豪農の「悲劇」、と読むべきなのかもしれない。

 そしてこの物語、19世紀中葉のイギリスの片田舎、まだ「妖術」とかの伝説の生き残っていた時代の、ちょっと不気味な「怪異譚」として読むこともできるだろう。