ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『長く熱い週末』(1980) ジョン・マッケンジー:監督

 主演は、ニール・ジョーダン監督の愛すべき映画『モナリザ』で、愛すべき主人公を演じていたボブ・ホスキンス。イギリス製のノワールものだけれども、アメリカやフランスのノワールものとはずいぶんとテイストがちがう。そのあたりが、この作品の見どころのひとつだとは思う。

 ロンドンで裏社会を取り仕切るハロルド(ボブ・ホスキンス)。アメリカでいえば「マフィア」のボス、みたいな男なのだけれども、今、政治家も巻き込んでロンドンの再開発計画をすすめ、アメリカのマフィア幹部(これを、エディ・コンスタンティーヌが演じている)を呼び寄せ、カジノ計画などで出資させようとしている。どうも今、横浜で誰かがやろうとしている「IR構想」を思わせられるな。これからハロルドの人生最高の「賭け」が始まるというところなのだけれども、彼の腹心のパートナーのコリンがプールで刺殺され、その運転手が車ごと爆死したりする。ハロルド自身が行こうとしたレストランが到着直前に爆破されるなど、「誰かがハロルドを狙っている」と思わざるを得ない。

 このあたりの映画冒頭の展開、「いったい何が起きているのか?」わからないことが多く、コレはいちど全部観たあとで冒頭部をもういちど観て確認するしかなかった。オープンカフェでくつろいでいるハロルドの腹心の部下のジェフに近づいて、その顔に唾を吐きかける女性の存在(このハプニングはハロルドも見ていた)とか、そのときは「この女、何?」という感じである。

 ハロルドは「今が絶頂期」なだけあり、今邪魔を入れさせるわけにはいかないと、ロンドン中の親分クラスをみ~んな(6人ぐらい)拉致して、屠殺場から運ばれた牛肉といっしょに宙づり、逆さづりにして尋問したりする。まあ力を持っているからこういうことも出来るのだろう。しかしどうもコイツらの仕業ではないらしく、全員釈放(?)せざるを得ない。
 ハロルドの息のかかった警察官は、使われた爆薬はIRAが使ってるヤツだぜ、というのだが、それはハロルドの守備範囲外というか問題外なのか、ハロルドは無視する。

 アメリカのマフィアも「どうもおかしい」と気づいてはいるわけで、「あと一日猶予はやるけど、解決しなければアメリカに帰るぜ!」と捨て台詞。ハロルドは「何でも疑ってみよう」と思ったか、部下のジェフが女性に唾をかけられた件を調べるのだが、それでわかったのはハロルドがアメリカに行っていたあいだに、ジェフとコリンはアルバイト的にIRAへ金を運ぶ役を引き受けていて、それでなんとコリンはIRAの金の一部を着服していたらしいのだ。どうやらIRAは、資金着服の責任者はハロルドだと認識し、ハロルドに制裁を加えようとしているらしいのだ。
 このとき、ハロルドら一派はIRAがどれだけヤバい組織であるかわかっていない。ハロルドは激高しやすい性格らしく、ジェフらが妙な仕事に手を出していたことに怒り、ついついジェフを殺してしまう。そして、アメリカのマフィアらは「話はこれまで」と、アメリカに帰ってしまうのだった。

 側近をなくし、開発計画もほとんどご破算、自分はIRAに狙われていることもわかったし、ハロルドはまずはIRAの問題を何とかしようと思い、「和解」と見せかけてIRA幹部と会い、彼らを皆殺しにするのだった。
 しかしもちろん、IRA組織はデカい。幹部にはその上の「幹部」がいるのだ。もう、ハロルドの運命は決まったようなものだ。

 映画のラストは、IRAに拉致されて車で運ばれるハロルドが、IRAの殺し屋(これを若き日のピアース・ブロスナンが演じている)に見せる表情の、ワンカット長回しで終わる。ハロルドはおそらくさいしょは「話し合い」もしくは「金」で何とか解決できるか、と思っている空気もあるのだけれども、そのうちに「ああダメだ。オレはIRAを甘くみていた。オレは殺されるのだ」という表情に変わっていく。ここでのボブ・ホスキンスの演技がひとつの見どころでもあるだろう。とにかくは、もう目の前で「頂点」に立とうとした男の、わずか2日での没落、破滅を描いた作品として、面白く観た映画だった。

 ハロルドの夫人は若々しいヘレン・ミレンが演じていて、「極道の妻」よ!という気丈さもみせてくれる。エロい場面がないのも、この映画のいいところだ。ハロルドは「成り上がり」で、自分のクルーザー船上でのパーティーで「イギリスの未来」について大上段に演説をぶつ。それはヨーロッパはいずれ大連合国として統一され、ロンドンはその首都となるのだという演説で、これまた今になってコレを聞くと、言いたいことがいっぱい出てくる。そして、ハロルドがいかにも「成り上がりモノ」らしくも、コックニー訛り丸出しで「Day」を「ダイ」と聞こえる発音なのが面白いのだった。

 あとでこの映画のことを調べて、音楽を担当したのがCurved Airのフランシス・モンクマンだったのだということを知った。そのことをもっと早くに知っていれば、もうちょっとスピーカーの音量を上げて、音楽をちゃんと聴いたものなのにと、残念に思ったのだった。