ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『オンディーヌ 海辺の恋人』(2009) クリストファー・ドイル:撮影 ニール・ジョーダン:脚本・監督

 わたしも情報収集能力が低いので、こ~んな映画をニール・ジョーダンが撮っていたことはまるで知らなかった。
 ニール・ジョーダンらしくも、思いっきりアイルランドを舞台にした映画だけれども、わたしはニール・ジョーダン監督でアイルランド舞台という作品、実はまるで記憶がない。それでとりわけ海辺の小さな漁港が舞台ということでも惹かれるのだけれども、わたしがびっくりしたのは、この映画、ケルトの「セルキー(Selkie)」伝説が大きなストーリーのバックボーンになっていたことだった。
 実はわたし、むかしイングランドスコットランドのトラディショナル・ミュージックに熱中していたことがあって、そんな中でこの「セルキー」を歌った歌もあり、記憶に残っていたのだった。

 この伝説、映画の中でも語られるけれども一種の「人魚伝説」に近いものだけれども、その「セルキー」というのはつまりは「アザラシ」で、あんまり可愛らしくはない。しかし「セルキー」は人間と生活するためにその毛皮を脱いで隠し、人間となるのである。まあ日本でいえば「鶴の恩返し」みたいなところがあるのだけれども。
 この伝説はケルトのあらゆる地方、島ごとにヴァージョンがあるみたいで、映画に出てくるように研究書もあちらではいっぱい出ているみたいだ。
 ちなみにわたしがむかし聴いていた曲は、「The Great Silkie of Sule Skerry」という曲だったが(これは「名曲」で、ジョーン・バエズやジュディ・コリンズも歌っている)、この曲には「セルキーがいなくなっても7年後に戻って来る」と、この映画の内容に近いことが歌われてもいる。

 映画の脚本はニール・ジョーダンのオリジナルによるものだけれども、こういういかにも「ケルト伝承」をもとにした物語を書いてくれるのも、ニール・ジョーダンの魅力だと思うし、しっかりとファンタジー色を活かした魅力的な作品に仕上がっていたと、わたしは思うのだった。
 そしてこの作品、なんと、撮影がかつてウォン・カーウァイ作品などの撮影で知られたクリストファー・ドイルによるもので、「いったいどういう経緯で彼がこの作品の撮影を担当したのか?」と思ってしまうし、もちろんその効果はしっかりと出ていたと思う(ちなみにこの2009年、クリストファー・ドイルジム・ジャームッシュ監督の『リミッツ・オブ・コントロール』の撮影も担当されていた)。
 この作品では、海の深い碧、森の緑をメインとした色使いが印象的だった。

 映画はアイルランドの海辺の小さな町が舞台で、ひとりでトロール船で漁をするシラキュース(コリン・ファレル)は、引き上げた網に女性がかかっているのを見つける。自らを「オンディーヌ」と語る女(アリシア・バックレーダ)は、「自分の存在を人に知られたくない」と語り、シラキュースはかつて祖母が住んでいた家に彼女をかくまうのだった。
 かつて飲酒癖から妻と別れたシラキュースにはアニー(アリソン・バリー)という10歳ほどの娘がいるが、彼女は人工透析治療を受けていて車いす生活を送っていて、再婚した妻に引き取られている。シラキュースはアニーと会うことは出来、オンディーヌのことを話す。アニーは「それはセルキーだろう」という。
 シラキュースが船にオンディーヌを乗せて漁に出るとオンディーヌは沖で歌を歌い、すると船は大漁となるのである。いよいよアニーの中では「オンディーヌ=セルキー」となるのだが。
 しかし、いつまでも「ファンタジー」ではなくって、現実の世界もオンディーヌを追ってくることになる。一人の男が、オンディーヌを探して町へやって来ることになるのだった。さてはたしてオンディーヌの正体は?

 「現実世界の浸食」といってもそれまでのファンタジー色をそこまでに壊すこともなく、おかげでアニーの親権はシラキュースのもとに移ることになったようだし、アニーも腎臓移植手術を受けられることになってしまったり、なんというか「めでたしめでたし」ではある。セルキーの着ていたという毛皮の伝説も生かされるし、シラキュースがアニーに「昔むかし‥‥」と語り始めた「物語」は、「and they all lived happily ever after the end.」と幕を引くのであった。

 そうそう、忘れていたけれども、町の教会の牧師役でスティーヴン・レイが出ていて、シラキュースの告解の聞き手役、彼をサポートするのだけれども、物語がどこか『クライング・ゲーム』に近接する空気もあったものだから、「わたし、『クライング・ゲーム』から出張して来ました」って感じでナイス配役。
 あと、オンディーヌ役の、ポーランドの血をひくアリシア・バックレーダという女優さんが「オンディーヌ役」にピッタリの神秘性と美しさを持たれた方で、彼女の魅力がこの作品を一面で支えていたと思う。彼女はアンジェイ・ワイダの『パン・タデウシュ物語』に出演してデビュー、そしてこの映画で共演したコリン・ファレルと付き合っちゃって、この映画撮影の翌年にはコリンとの息子を出産したという(!)
 それからアニー役のアリソン・バリーという少女も、こまっしゃくれていて可愛らしく、ヴェンダースの『都会のアリス』に出ていたアリス役の少女が思い出された。『不思議の国のアリス』へとリンクさせるようなセリフも語っていたけれど、ストーリーの幅を拡げたのは彼女の功績だろうかと思う。

 ニール・ジョーダンにはその『クライング・ゲーム』だとか『モナリザ』だとか、わたしの大好きな作品が多いのだけれども、今までその存在も知らなかった、この『オンディーヌ 海辺の恋人』こそ、「わたしのニール・ジョーダンのベストワン」だと思うのだった。またこれからも何度も観たい映画だ。書き忘れていたが、トラディショナル風のサウンドトラックも、素晴らしく良かった。