アンソニー・マンとジェームズ・スチュアートはここで西部劇から離れて、現代の石油採掘技術者の冒険映画を撮った。この作品はアンソニー・マンとしては初めてのワイド・スクリーン作品であり、ユニヴァーサル社としては初めてステレオ録音され、当初は3Dでの撮影も計画されていた。ユニヴァーサル社の意識としては、相当入れ込んだ「大作」だったのだろうか。ここまでアンソニー・マン~ジェームズ・スチュアートのコンビの作品はけっこうヒットしていたことだし。しかし‥‥。
物語は1946年のルイジアナ。海底油田発掘を目指すスティーヴ・マーティン(ジェームズ・スチュアート)とジョニー・キャムビ(ダン・デュリエ)の二人の技師が、漁港のポート・フェリシティにやって来る。持ち合わせの金もなく、「詐欺師」ではないかというところだが、二人は綿密な資料もプラットフォームの模型も用意していて、現地にやって来た石油会社社長のマクドナルドを説き伏せ、開発期間を決めての多額の融資を取り付ける。
ポート・フェリシティの町はエビ漁で成り立っていたが、近年はそのエビも不漁がつづいている。そこにスティーヴらが調査のために海中でダイナマイトを爆破させたりするもので「残ったエビも死んでしまう」と、漁港では発掘に反対の声が大きい。漁師を代表するドミニク・リゴウには二人の娘がいるが、姉のステラ(ジョアン・ドルー)はまずはスティーヴとジョニーに不信感を抱く。しかしジョニーの方は妹のフランチェスカを好きになってしまったようだ。
マクドナルドの融資によって労働者も集め、湾の中には大きな海底掘削プラットフォームの鉄塔が建てられる。彼らに反感を持つ、フランチェスカの許嫁だったフィリップは、ハリケーンが湾を襲った夜にダイナマイトを持ってプラットフォームに侵入し、鉄塔を爆破しようとするがスティーヴに見つかり、乱闘の末にフィリップは海に落ちて溺死してしまう。目撃していたステラはそんなスティーヴのことを、徐々に信頼するようになる。
スティーヴの見込みで「あと一週間掘削をつづければ」というとき、マクドナルドの会社は「それ以上の援助をやめる」と決定してしまうが、社長マクドナルド自らスティーヴを信頼して仕事を手伝うのだ。なんと、掘削のとちゅうで大量のエビの群れも見つかったりするが。
そんなとき、ジョニーは漁港に戻ってフランチェスカと結婚してしまい、怒ったドミニクら漁民らは大挙してスティーヴとジョニーのところへ漁船で押しかけて来るのだ。さてさて‥‥。
これ、海を舞台にして、どこまでセットで撮影したかわからないけれども(今までのアンソニー・マンの映画はセットなど使ってないようだったから、海辺で撮影したのだろうかと思うが)、じっさいに海中に建てたのかとも思えるプラットフォームの鉄塔、そのプラットフォーム周辺での撮影と、相当に気合いが入っているというか、映画としての迫力は現在の眼からみてもかなりのものだと思った。俳優だって大変だ(ジョニー役のダン・デュリエはじっさいにボートの屋根から滑って転落し、ろっ骨を骨折したらしいが)。
しかし、アンソニー・マンの作品としては、これはあまりにひねりがないというか、冒頭こそ「こいつら詐欺師じゃねえのか?」って雰囲気だったスティーヴとジョニーは、けっきょく一直線に「イイ奴」だったし、特に「チャラチャラした野郎だなあ」って空気を発散していたジョニーも、めでたく結婚してしまうのだ。
さらに、都合がいいところで石油は掘り当てるし、エビ漁の不漁がつづいていた漁港にも、うまい具合にエビの巣窟が突きとめられてしまう。逆に「こんなことでいいのだろうか?」と思ってしまう映画で、じっさいアンソニー・マンも、この作品に不満を表明していたらしい。‥‥とはいっても、前作までの「高さ」を生かした高低差演出は、ここでもプラットフォームの鉄柱がらみとかでやっぱりやっているし、「自分の映画の見せ方はコレよ!」というのはしっかり押さえていた感じだ。