ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『5時から7時までのクレオ』(1962) アニエス・ヴァルダ:脚本・監督

 アニエス・ヴァルダの作品を観るのは、これが初めてか。「ヌーヴェル・ヴァーグ」の作家を、セーヌ川をはさんで「右岸派」と「左岸派」とに分ける見方もあるのだけれども、その見方で分けると、このアニエス・ヴァルダアラン・レネクリス・マルケルらと共に「左岸派」ということになる。
 「ヌーヴェル・ヴァーグ」というムーヴメントのことを考えると、スタートは「左岸派」の方が早かったとはいえ、この『5時から7時までのクレオ』が撮られた1962年には、「右岸派」もクロード・シャブロルジャン=リュック・ゴダールも長編デビューをしていたわけで、この作品にはゴダールアンナ・カリーナらもカメオ出演しているわけで、「右岸派」とか「左岸派」とかいう分け方もあまり意味をなさないのではないか、とは思える。

 作品は、自分の健康状態を心配する歌手のクロエ(コリーヌ・マルシャン)が、夏至の日の午後5時から7時までさまざまな人たちに会うさまを追っていくもので、かなりドキュメンタリー・タッチで撮られている。
 まずは映画は彼女がタロットカード占いを受けている場面から始まり(テーブルに配られるタロットカードの部分だけはカラー)、不吉な占い結果から「自分は癌ではないのか」と思い込み、そんな不安な思いを抱えたまま医師に会って検査結果を聞くまでパリの街を歩き回るわけだ。

 クレオの抱く「不安」が、ひとつ全編のバックグラウンドになっているのだけれども、クレオの乗る女性運転手のタクシーの中で聞くラジオのニュース、そしてクレオが終盤に公園で出会う、アルジェ戦線からの帰休兵のアントワーヌとのやりとりなどから、当時のフランスの社会的「不安」だった「アルジェリア独立戦争」のことなどが、クレオの不安とリンクするのだろう。その前にも、割れる鏡や、殺人事件のあった現場に通りかかるとか、不安をあおるような事象はつづくのだが。
 これからアルジェリアに戻るというアントワーヌと、これから医師の検査結果を聞こうとするクレオとは、さいごに共に行動するのだけれども、この同世代の2人の抱える問題は「死への恐怖」ということで共通しているが、2人の対話の中でその「不安」、「恐怖」を克服している。クレオはアントワーヌに芸名の「クレオ」ではない、本名のフロレンスを伝え、また会うことを約束するのだった。

 パリ市街を歩くクレオを追うカメラの動きが印象的なのだけれども、街頭に出て撮影しているクルーに行き交う人々が目線を走らせ、すれちがうたいていの人たちが振り返ってカメラ目線になるのが面白い。まさに「ナマ」の映像という感じがして、ドキュメンタリーと演技との混合の演出というリアリティがある。
 もちろん全編シナリオがあっての演技と撮影なのだろうが、モロに街の人々のあいだに入り込んで行くカメラに写されたものは、時にシナリオや演出を忘れさせられるところがある。
 そんな中にも「映画的」なインパクトのあるショットもいくつもあり、そういうところでは「自分はドキュメンタリーを観ているわけではない」と痛感させられる。