ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『午前2時の勇気』(1945)アンソニー・マン:監督

 原作はゲレット・バージェスの1934年の小説なのだけれども、このゲレット・バージェスという人物はなんちゅうか、めっちゃ興味深い人物で、若い頃はナンセンス詩の作者であり前衛作家であり、「キュビズム」をアメリカに初めて紹介した美術評論家でもあり、のちにユーモア小説も執筆している。
 この『午前2時の勇気』はバージェス70歳の時の作品で、映画はいちおう「フィルム・ノワール」のかたちを取っているけれども、どうも「スクリューボール・コメディ」っぽいというのは、おそらく原作のテイストを活かしたモノなのではないかとも思える。

 映画はまずは夜のニューヨークの街をふらつきながら歩く男(トム・コンウェイ)の後ろ姿を追い、この導入部、まさに空気としては「フィルム・ノワール」か、というところはある。そこに女性運転士のパティ(アン・ラザフォード)の運転するタクシーが通りかかり、男に声をかけることから、この七転八倒の物語が始まる。
 男はこめかみから血を流しており、どうやら頭を強く殴られたようで、過去の記憶も失せ、自分の名前もわからないのである。パティはあり得ないぐらいに「おせっかい焼き」というか、男の謎をいっしょに解こうと奮闘するのである。パティは男を助けてあげようと、男の持っていたマッチからそのホテルへ行き、そこで先ほど殺人事件が起きていたことを知る。ラジオから流れるニュースで、男の服装はその殺人事件の容疑者のようではあるが、パティは男を信用し、さらにほかに男の持っていたものから謎を解こうとする。ここに事件を追う警官ら、そして新聞記者などが行く先々で現れて来て、錯綜を極めて行く。パティもいちど自宅に戻りドレスに着替え、以降はパーティー会場なりどこなりとズカズカと入って行けるようになるし。
 しかしどうやら事件は演劇人らをめぐる殺人事件だったようで、実はタクシー運転手になる前はちょっと女優もやっていたパティの知識が、大いに役立つのだったが、やはり男の方は事件にけっこう深くかかわっていた演劇人のようで、「ステップ」と皆に呼ばれているようではあった。

 ‥‥実は、場面が変わるたびに展開も「ネコの眼のように」めまぐるしく変わり、そのたびに「新しい容疑者」が出て来て、それが「いや。そうじゃない」というふうになって行く。この展開に振り回されるのがいつも登場する新聞記者なのだが、観ているわたしも、観ているときには「ふんふん、そうなのか」とわかっていたつもりでも、こうやって観終わってその感想を書こうとすると、「殺人事件」の原因と「真犯人」は記憶していても、途中経過の「あ~でもない、こ~でもない」という展開はもう、これっぽっちも思い出せないのである。
 ただ、なんとなく「やさ男」の主人公のトム・コンウェイと、「コメディエンヌ」としてこの映画でいちばん目立っていたアン・ラザフォードのことだけは記憶に残ることだろう(アン・ラザフォードは、あの『風と共に去りぬ』にも出演していたらしい)。
 しかし、こういうややっこしいプロットを、まったく「間合い」を入れずに突っ走る、アンソニー・マンの演出のことは、「少しはブレイクを入れて観客のことも考えろよ」と言えばいいのか、「この疾走感はステキだね」と言えばいいのか、わたしとしても迷ってしまうのだった。