ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『運び屋』(2018) クリント・イーストウッド:監督・主演

 昨日観た『グラン・トリノ』製作から10年経って、クリント・イーストウッドは久々に自分の監督作品に主演した。
 これがまた「実話」をもとにした映画なのだけれども(『グラン・トリノ』は「実話」ではなかったが)、ここでイーストウッドは老齢にして麻薬組織の「運び屋」を請け負うという役どころで、イーストウッドの長いフィルム・キャリアの中でも初めて、「法を犯して犯罪に手を染め、捜査官に追われる」という役を演じているのだ。
 まあこの主人公のアールは自分から進んで悪に道に踏み入ったというわけでもなく、それまでやっていた仕事(園芸業)がダメになって金もなくなったとき、彼が仕事でアメリカ中あちこちをドライヴして回り、ずっと「無事故無違反」で通していたことを見込まれて誘われたわけで、さいしょのうちは自分が運んでいるのが「麻薬」だなどとは知らずにいたのだった。

 ここでイーストウッドが演じるアールという男、前の『グラン・トリノ』の主人公のように口が悪いところはあるが、彼の性格はもっとずっとマイルドで、ジョークが好きなのだ。
 かつて彼が育てた「デイリリー」という(一日でしおれてしまうという)花は園芸家のあいだに知れ渡っていてよく売れたのだが、そんな仕事を優先して家族をおろそかにし、娘の結婚式もすっぽかし、関係はよろしくない。

 月日が経ち、インターネットの普及のせいでアールの店には注文が絶えてしまい、店はたたんでしまった。彼自身80歳を超えた今、これからどんな仕事があるというのか。
 そんなとき、孫娘の結婚前のパーティーに出かけたアールは娘に無視され、妻のメアリー(ダイアン・ウィースト)には罵倒されて出て行こうとする。そのときにパーティーにいた男がアールと話をし、「もしも困ってるなら、町から町へ走るだけで金になる仕事があるんだが」と持ちかける。
 アールはその仕事をとりあえず一度だけ引き受けることにし、呼ばれた場所へ行くとそこはガレージで、スペイン語を話すメキシコ人がアールに指示を出す。アールのトラックに何かバッグを積み込ませ、それを指定のホテルの駐車場まで運ぶ仕事で、「車のキーを置いて外に出てろ、一時間経ったら車に戻れ」と、いちおう連絡用の携帯電話を渡される(この携帯電話、毎回手渡されるけれども一度たりと使われるシーンはなかった)。
 指示の通りにしてトラックに戻ると、封筒が置かれていて中には「大金」が入っていたのだった。

 アールとしては「こりゃあ何となく非合法な仕事だろう」とは思い、「もうやめよう」と考えているのだけれども、しかし彼の家が差し押さえられたりはするし、よく通っていた退役軍人会の建物の中のバーが火事で焼けて、再建のめどが立たないなどと聞いて、2回3回、そしてさらにと「運び屋」稼業をつづけるのだった。

 あるとき好奇心から積まれたバッグの中を覗いてみると、それは大量のコカインだった。さすがにぶったまげていたアールのうしろから、パトロールの巡回が近づき、「どうした?」とか聞いてくる。パトロールの巡査は、「麻薬犬」だろうか、犬も連れていた。
 ここでアールは機転を利かせ、「いや、ちょっと‥‥」と言って運転席に行き、手にハンドクリームをたっぷり塗って犬のところへ行き、「いいコだね」と、その鼻先に手のハンドクリームを塗りつけるのだった。なかなかあに機転の利くアール、犯罪者の資質があるんじゃないだろうか?

 そんなとき、麻薬取締局の捜査官のコリン(ブラッドリー・クーパー)らは、麻薬組織のフィリピン人の男を脅して情報を聞き出せるようにしていたのだった。
 一方、麻薬組織のボスのラトン(アンディ・ガルシア)はアールのことをすっかり信頼するようになり、アールを「タタ」と呼び、一度に百キロもの分量を運ばせるようになる。
 アールの車には組織の人間が尾行するようになるが、アールはけっこう勝手に寄り道したり道中パンクした車を助けてやったりする。さいしょのうちはアールの勝手な行動に腹を立てていた尾行の二人は、そのうちに何となくアールに心を許すようになって行く。

 コリンらは聞き出した情報から、有能な「タタ」という「運び屋」がいることまではわかり、ブツを運ぶ車は黒の小型トラックで、運搬ルートまではわかるのだが。一度そのルートで黒いトラックを見つけてあとを着け、宿泊したモーテルでその運転手の部屋に押し入る。しかしそれは「タタ」ではなかった。アールもまたそのとき同じモーテルに宿泊していて、コリンらの捕り物騒ぎを見物していた。
 翌朝、モーテルのカフェでアールはコリンと会い、昨夜の捕り物の話をする。アールは「仕事も大事だが、家族のことをこそ優先しなよ」と語って別れるのだ。
 そして麻薬組織では内紛が起き、ボスのラトンは殺されてもっとハードコアなヤツがボスになる。彼はアールにこれまでのような勝手な行動は許さないと脅すのだった。

 そんなとき、「運び屋」をやっているアールの自分の携帯電話に孫娘から電話があり、妻が倒れて重態だから会いに来てくれと言う。アールは一度は「大事な仕事をやっているところだから行けない」と言うのだが、それではかつて家族をないがしろにした自分と同じだ。運搬の途中でばっくれて妻の入院先へと向かい、臨終の妻と話して看取り、葬儀にも出席するのだ。娘とも和解した。

 運送が一週間も遅延し、組織は激怒してアールをボコボコにするが、殺すには有能過ぎると次の仕事を任せるのだった。そしてそれが、アールのさいごの仕事になる。
 アールを捕らえたコリンは、アールの顔を見て「あんたか」と言い、アールが家族と和解した話を聞く。

 アールは刑務所に入所し、その中で「デイリリー」を栽培しているのだった。

 かつては「デイリリー」の栽培で評判を得ていたアール、たとえムショの中だろうと、また「デイリリー」の世話を出来るのは幸せなのかもしれない。
 今までのイーストウッドの映画のように「英雄的行動」をするヒーローが登場するわけではないけれども、老人ではあるけれども与えられた仕事を「非凡」にこなす主人公、褒められた行為ではなかったが、やはりどこか「カッコいい」と思わせられる。
 「クライムもの」といえば「クライムもの」映画だけれども、そこにうまく「家族愛」の話を持ち込み、「仕事(悪事)よりも家族」という、ひねった「いい話」に仕上げられた作品。「傑作」というのはためらわれるけれど、「愛すべき作品」ではあったと思う。