ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『悪魔の沼』(1976) トビー・フーパー:音楽・脚本・監督

 『悪魔のいけにえ』のトビー・フーパーの、ハリウッド進出第一作だという。原題は「Eaten Alive」で、「生(ナマ)で食べるぜ!」という意味である。ヤバい!
 Wikipediaでみると、じっさいにこの映画のモデルとなった「事件」もあったようだけれども、ある意味で壮絶な「ベイツ・モーテル」という空気感もある。全篇スタジオ撮影のようで、夜のシーンばかりなのだが、その赤い照明の非現実性がこの作品の凄惨さを盛り立てるようだ。また、音楽もトビー・フーパー自身によるものも使用され、そのノイズっぽいエレクトリック・ミュージック的音色もまた良い。

 物語はある町の片隅にあるさびれたモーテルが中心に進行し、まずは町の娼婦館に新しく来た女性が買春稼業を厭い、娼婦館を出るのだが、そのときに娼婦館の女性から、その町の外れのモーテルに宿泊するように言われる。
 モーテルは老人だか若いのかもわからないような男が一人で経営しているのだが、そのモーテルの前に池があり、そこでワニ(クロコダイル)を飼っているのだという。女が娼婦館から来たことを知ったオーナーは、大きな鎌で女性を切りつけ、彼女をクロコダイルのいる池に投げ込んでしまうのだ。そう、このオーナーもまた、そのクロコダイルに左足をかじられて「義足」なのである。

 そのあと、車で夫婦とその幼い娘、そして「スヌーピー」という飼い犬とが宿泊に訪れる。この夜はモーテルも大繁盛である。その家族がちょっと目を離したすきに、スヌーピーはクロコダイルに食べられてしまう。先日観た『ムーンライズ・キングダム』でもスヌーピーと名付けられた犬はすぐに死んでしまったし、どうもイヌに「スヌーピー」という名まえをつけるのはよろしくないようだ。
 それでも2階の部屋に宿泊する家族だったが、父親はクロコダイルを撃ち殺そうと1階に下り、そこでまたもオーナーに鎌で襲われ、クロコダイル池に放り込まれてしまう。娘は父といっしょに1階に来ていたが、驚いて床下に逃げ込んでしまう。2階の部屋に残った母親に欲情を感じたオーナーは、それこそ『サイコ』さながらにシャワーを浴びていた母親に襲いかかり、ベッドに縛り付けてしまう。

 さらにさらにまたも、さいしょに殺された娘の父親がその姉といっしょに彼女を探しに来て、またも父親はオーナーに殺されてしまう。ちなみにこの父親を演じているのはなぜかメル・ファーラーで、つまりこの男、かのオードリー・ヘップバーンの最初の亭主ではあるのだ(彼以外の出演者たちも、それなりに名が知られた人たちが多いようだ)。
 ここでまだ無事だった姉は町へ取って返し、保安官に連絡を取ることになる。もう書くのもめんどうなのだけれども、このほかにもモーテルに訪れる者があり、またもクロコダイルの餌にされてしまう。いくらクロコダイルがデカいとはいえ、一日にそんなにたくさんのエサも食べられないだろうにと、心配になる。
 とにかくは2階で監禁されていた母親も、床下を叫びながら逃げ回ってした娘も無事に救出され、そうしてめったやたらと大鎌を使って人を殺してワニに食わせていたオーナーもまた、さいごにはワニ池に突き落とされ、クロコダイルにナマで食べられちゃうのではあった。

 さすがに『悪魔のいけにえ』の監督だけあって、めったやたらと人が殺されてしまう「エグさ」は相当なものだし、もうほとんど「廃墟」っぽいモーテルの様相もあって、「ちょっとマトモに画面を見ていたくはないな」というような絵に仕上がっている。

 この作品では4~5人が殺されてワニに食べられてしまうことになるが、この映画のモデルになった事件では、さすがに一夜のうちにこ~んなにエサにされちゃうこともなかったようだが、少なくとも「4人」、別の証言では「22人」を殺してワニ(現実の事件ではクロコダイルではなくってアリゲーター)のエサにしたという。
 この映画では「殺し」の凶器はチェーンソーではなくって、中世の魔女の時代のような「大鎌」が登場するが、こういう大時代な演出は、死体の始末はワニにまかせるあたりと合わせてわたしは相当に気に入りました。
 どうもわたしは昨日観た『悪魔の植物人間』といい、一般に「しょ~もない」と言われそうな作品がけっこう高評価になってしまうのだけれども、まあこういうところからチープな「ゾンビ映画」も誕生したのだということで、「映画というのは予算を使って完成度が高ければいいものでもない」という気分を高めてくれる。