ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『コメディ・フランセーズ 演じられた愛』(1996) フレデリック・ワイズマン:製作・録音・編集・監督

 1994年の終わりから95年の初めにかけて撮影され、編集作業を経て1996年に公開されたワイズマン作品。先日観たのはロンドンの「ナショナル・ギャラリー」を捉えた作品だったけれども、この作品はパリの「コメディ・フランセーズ」の作品。この「コメディ・フランセーズ」というのは「1680年に結成されたフランス国立の劇団」の名称でもあり、同時にその劇団の本拠地であるパレ・ロワイヤルにある劇場(別名:テアトル・フランセ)の名称でもあるが、いちおうこのドキュメンタリーの中で劇団員らは、この「劇場」のことは「家」と呼んでいた。
 そ~んな古い劇団ではあることだし、せいぜいモリエールぐらいまでの「古典演劇」ばかりを演っているのだろうと思ったら、意外とイヨネスコ、ジャン・ジュネブレヒトなんかも舞台に上げているらしい。ただこの作品で観られるのは、マリヴォー、ラシーヌモリエールあたりの作品であるが。

 このドキュメンタリーで捉えられるのは、主にその劇場の周囲で行われているあらゆることがら。役者たちの普段着での稽古、舞台装置の設営、衣装の製作、楽屋での化粧や衣装合わせ、そして「本番」があり、それだけでなくもちろん演出の打ち合わせ、劇団運営、営業的な会議、チケット売り場、そして劇場内レストランのありさまなどなどが撮られている。そしてそんな映像の切れ間というかつなぎに、劇場周辺のセーヌ川沿いのパリの、昼夜の風景の映像が流される(これがいい!)。
 劇場を出て、けっこう郊外にある大道具や舞台装置を保管している倉庫の様子も映されるし、ラスト近くには俳優らの住まう高齢者ホームに、今の劇団員らが元劇団員の百歳の誕生日を祝って訪れる映像もある。

 やっぱりワイズマン作品らしくも非常に興味深く見れて、「そうか、このように稽古などを重ねて作品を練り上げて行くのか」と思いもし、作品の解釈をめぐる演出者らの会話も面白いのだが、こういう映像で見方を難しく感じるのは、「今自分が観ているのは<ひとつの演劇作品>の一部分なのか、そうではなくてワイズマンが撮った<コメディ・フランセーズ>という作品の、もののあらわれ方のひとつを観ているのかわからなくなる」ということだろうか。

 さいしょのけっこう長い「普段着に近い状態での稽古」は、観ていても「作品を成立させる過程」をじっくり見せる映像として、絶妙のカメラ位置とフレームからも、役者さんたちの「素顔」が演じていながらも透けて見えるようですっごいエキサイティングで面白く観たのだけれども、これが客も入ってのちゃんとした「舞台映像」になってしまうと、その演劇自体の面白さに目が奪われてしまうというか、NHKなどで観る「舞台中継」番組との差異がわからなくなる。
 ただ、途中での「舞台セッティング」の段階で「これって、<回り舞台>なのかなあ」と思って観ていたらば、じっさいの舞台でまさに<回り舞台>だったのには「やっぱ、そうだったのか!」って思ったし、何だかドリフの舞台みたいにいつまでもグルグル回る舞台には、わたしも笑ってしまったのであった。

 いちおう「国立の劇団」だから、経済面でも国にいろいろと依存しないといけない団体なのだけれども、そこで中途半端に「国営」なものだから、「劇団の決算としては多少赤字の方がやりやすく、ありがたい」などという発言も「そうだよな~」などと思ってしまった。
 あと、やはり役者さんたちもいくら「古典」ばかり演じてるとはいっても「現代の役者さん」で、フランス映画にも出ていらっしゃる方もあれこれいらっしゃるし、その楽屋の鏡の横にウッディ・アレンの写真がクリップしてあるのとか、妙に新鮮な思いがした。こういうのは日本の歌舞伎役者さんとかと共通するものがあるだろうか。してみると(などと考えるまでもなく)この「コメディ・フランセーズ」という劇場、日本でいえば「歌舞伎座」なのだろうか、それとも「国立劇場」的な位置にあるわけだろうか。
 どなたかが、「歌舞伎座」とか「国立劇場」の、このワイズマン的な立ち位置からのドキュメンタリーを撮ってくれるといいな、とか思う(もう撮られてたんだっけ?)。