ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ハーメルンの笛吹き男 伝説とその世界』阿部謹也:著

 かつて読んだことのある本だけれども、記憶からすっかり失せていたのでまた読んだ本。著者の阿部謹也氏のことは、前に『世間とは何か』という著作を読んでいて、この本は多少記憶にも残っていて今の「世相」を解釈する名著だとは思っていた。そういうところでこの『ハーメルンの笛吹き男』にも期待するところは大きかったし、わたし自身、この本のもとになる「ハーメルンの伝説」は多少は知っていたわけだし、非常な興味を抱きながら読んだ本。

 この本は、文庫本の帯の宣伝文句にも書かれているように、「1284年6月26日、ドイツ・ハーメルンで130人の子供が集団失踪した」という謎に迫る書物であって、じっさいにまさにその1284年にハーメルンの町から多くの子供らが失踪したのは「事実」だったらしい、ということは古文書などから明らかにされるのである。しかしこの本は、では実のところ、「じゃあ現実には何が起きたのか?」ということを解き明かすような本ではない(そんなことは本国ドイツでも未だ解明されてはいないのだ)。
 そうではなくこの阿部謹也氏の書物は、中世から近世、近代、そして現代への時の流れの中で、ひとつの「伝説」と言っていいような「事件」がどのように書き残され、どのように解釈されて来たのか?という本であり、それは「歴史学」とはどういう学問で、どのように発達して来たのか、ということをあらわした書物ではあるだろう。
 そこにはもちろん、「未解決事件」を解決しようとする「探偵」的な視座もあるのだけれども、阿部氏はそんな疑問を「解決」しようとするよりは、この数百年にわたって、ドイツという国の発展、そしてキリスト教の発展と合わせて、まだ国家的にも宗教的にも未分化だった時代の、それでも例外的に「こ~んなことが起きた」ということがはっきりとわかっている「事件」を視野に収めると同時に、先に書いたように「ドイツ」という国の歴史、「キリスト教」の歴史、そして人文学・歴史学の発展をも視野に収めて研究した書物なのであると思う。
 それはドイツ本国を離れて、この地球を半周ぐらい離れた日本から現地を訪ね、未だ書物化されていない研究者のタイプ原稿を探り、ある意味でその「距離感」が故にか、ドイツの「知」、もしくはヨーロッパの「知」をも規定するような、まさに日本の「知」をあらわす名著なのだろうと思った。

 この書物にある阿部謹也氏の「精神」の奥にこそ、「世界知」というものがあるのではないかとも思える、稀有なすばらしい書物だったと思う。

 ‥‥しかしドイツでは、ネズミがはびこることでこのようなドラマ(?)が生まれたわけだが、いったい、飼いネコというのがドイツに入って来たのはいつ頃の時代のことなのだろうか?