ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『ホット・ファズ -俺たちスーパーポリスメン!-』(2007) サイモン・ペッグ:脚本・主演 エドガー・ライト:脚本・監督

 前作『ショーン・オブ・ザ・デッド』に続き、エドガー・ライト監督、サイモン・ペッグニック・フロスト主演(脚本:エドガー・ライトサイモン・ペッグ)という作品。実はその『ショーン・オブ・ザ・デッド』は日本では劇場公開されずにDVDスルーだったのが、そのあまりの面白さに「この監督の新作を劇場で公開を!」というネット上の署名運動が起き、晴れて劇場公開されたということなのだった。
 わたしは昔この作品を観ているはずだけど、これっぽっちも記憶してはいなかった(もちろん「面白くなかった」からではない)。それでこの日観てみると、何というか、さっき観たジャームッシュ監督の『デッド・ドント・ダイ』みたいなところがいっぱいあって、それは偶然のことだったけれども、自分ではウケてしまった。

 今回はさいしょの方にこそ、主人公の恋人だった「女性」が登場するけれどもすぐに別れてしまい、以後ロマンスの相手になりそうな女性の出番は皆無で、ある意味「男の映画」なのではあった。
 主人公のニコラス・フロスト巡査(サイモン・ペッグ)は、ロンドンで活躍するトップ成績の有能な警察官だったのだが、とつぜんに田舎町「サンフォード」勤務を命ぜられてしまう。どうやら「仕事が出来過ぎる」ことが妬まれたらしいのだ。
 サンフォードの町は治安もいいということで、「イギリスの美しい町」の賞を連続して受賞してもいる。しかしニコラスが赴任してみると、警察署の皆は「ヤル気」もなく、だらけ切っている。まずは同僚のダニー(ニック・フロスト)に誘われて町のパブへ行く。ダニーはニコラスの経歴に興味津々で、その「活躍」の話を聞きたがる。しかしパブの中を見回すと「未成年者」がおおぜい飲酒している。ニコラスはそんな少年少女らを検挙することから仕事を始める。
 そして翌日、不可解な交通事故で2人の死者が出る。ニコラスの見たところ「殺人」を疑う要素はいっぱいあるのだが、事件はさっさと「事故」として処理されてしまう。翌日には町のいちばんの豪邸に住む富豪の家が大爆発し、富豪は爆死する。この事件もニコラスには疑問が多い。すると町の地方紙の記者がニコラスに「話したいことがある」と言うのだが、待ち合わせ場所の教会の下で、記者は上から落下した石の装飾に頭をぶち抜かれて死亡。ニコラスはこれらの事件の背後に大きな陰謀があると気づき、ダニーと行動するようになる。

 ま、いろんな伏線が回収されて謎が解けると、その陰謀は想像もつかないほど大きな陰謀だったわけで、ある意味「町民が全員ゾンビになってしまった」ようなもので、最終的にはニコラスとダニーとは町民皆と戦うのだ。洗脳されていたほかの警官らもニコラスの話に目覚め、ニコラスとダニーを手助けすることになる。

 ある面で「そんなバカな!」というブラック・コメディ映画であって、さらに終盤は「そんなバカな!」というポリス・アクション映画になってしまう。ニコラスとダニーはいくらどれだけ銃(機関銃を含む)で狙われて撃たれても、タマはまったく当たらないし、逆にニコラスとダニーの持つ拳銃とかに「弾切れ」という概念が存在しないように、いつまでも撃ちつづけられる。ここまでやられると「そんなバカな!」と思うよりも、さまざまな場での撃ち合いに「爽快さ、面白さ」を感じてしまうし、観終わったあとにはスッキリとしてしまう。これも演出の手腕のたまものだろうが、テンポのいい素早い切り替えの編集はやはり、『ショーン・オブ・ザ・デッド』につづいて見事なものだった。
 そこに「音楽」の選曲の良さもプラスされるのだが、今回はさいしょの方でキンクスの「ヴィレッジ・グリーン」関係から2曲(状況にピッタリの選曲)、銃撃戦中にはT・レックスなどなど。

 この作品の背後には、「環境も良く暮らしやすい」と思われる「田舎町」の閉鎖性へのひねった視点もあるだろうし、「仕事にのめり込むことから一歩引く」ということの大事さも描かれているだろうか。ニコラスの悩みは、警官としての仕事からの「切り替え」が困難ということで、ダニーはそこに「ポリス映画」という視点を教えてあげるのだ。それは「ポリス映画」によってさらに「現実」にのめり込むのではなく、「映画」の「虚構性」を知るということだろう。ゆえにこの映画の終盤は、まさに「虚構」の中に浸るのだ。
 しかし、前作から続くサイモン・ペッグニック・フロストのコンビは、「最強」だ!