ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『野心家二人の悲劇』トマス・ハーディ:著 森村豊:訳(ハーディ短篇集『月下の惨劇』より)

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 原題は「A Tragedy of Two Ambitions」。
 ジョシュアとコーネリアスのハルバラァ兄弟は神父、神学者を目指す勉学熱心な兄弟で、順調に上昇機運に乗って出世街道をばく進しておる。ちょっと年下の妹のローザも美しく成長しそうだ。ひとつだけ、兄弟の頭痛のタネは飲んだくれのオヤジのことで(よくある話だ)、いつも兄弟に金をせびりに来る。前の奥さん(兄弟のお母さん)も亡くなってしまっていて、オヤジは知らないうちにジプシー女と再婚したとかいって、「コレがうちの新しい母ちゃんな!」とか、そんなケバい女性を連れてくるのだ。兄弟は「このオヤジ、ぜったいにオレたちの出世の邪魔だ!」と、なんとか金を工面してオヤジをカナダに送り出してしまう。
 オヤジ問題を片づけて、兄のジョシュアは牧師補から正式にある町の牧師になり、弟のコーネリアスも兄の後を継いで牧師補になる。ヨーロッパに行っていた妹のローザも兄弟のもとに返ってくるが、やはり彼女は美しく成長していて、兄が赴任した町の地主の息子がそのローザに惚れるのだ。
 そんでもって、地主の息子がローザに結婚を申し込むぜ、という日に、なんとオヤジが「カナダは面白くないねん!」と、ひとりでカナダから帰ってくる(ジプシー女とは別れた?)。「なぬ? 娘のローザが結婚するとな? ならばちょっと挨拶して来ようぜ!」という最悪の展開。しかしオヤジさんは地主の屋敷に向かう途中で、息子兄弟二人の目の前で川に落っこちて溺れてしまう(飲んだくれでいつも酔っ払ってるからね!)。兄弟は「助けなくっちゃ! 助けなくっちゃ!」と言うのだが(言ってるだけ!)、体が動かずにオヤジの体は川の底に沈んでしまう。
 半年経って、兄弟の地位も順調に上向きで、妹のローザは無事に地主の息子と結婚している。めでたしめでたし。そんなときにオヤジさんが溺れた川で溺死体が見つかる。それで死体の身元がわかるというわけでもないし、別に兄弟がオヤジを川に突き落としたわけでもない。やましいことは何もない。それでも妹のローザは、「そういえば、わたしが婚約の誓いを交わした夜、窓の外の川の方から<助けてくれ~>と叫ぶ声を聞いたわね」という。だからといってどうということもないのだが。

 まあハッピーエンド物語とも言えるのだけれども、「聖職者」でありながら溺れる父を助けられなかった兄弟の、その心の底はどんなだったかね?というようなお話。トマス・ハーディは「この兄弟、<非人間>!」とかいうつもりで書いたのだろうか。いやいや、そういうことはないと思う。心に残るのは、溺死したオヤジさんが使っていた「杖」が、オヤジさんが川にはまるとき川辺に放り出されていたのが、溺死体が発見されたときに根を張って「木」として成長していた、という「おまけ」みたいな話。こういうのはイギリスの伝承歌(バラッド)にはけっこう出てくる話で、さすがトマス・ハーディ、というところだろうか。

 とにかく、こりゃあ面白かったね! ぜ~んぜん「悲劇」じゃないじゃん。まあ「聖職者」が人の命を見捨ててしまった、しかも見捨てたのが自分らの実父だったというのは、兄弟二人にとって「生涯の<トラウマ>」にはなっちゃうだろうかね~。しょうがないよね。黙っていればいいのよ。兄弟それぞれ、臨終のときに「いや、実はあのとき‥‥」という、「今際の懺悔」をすればいいのよ。わたしもちょびっと「人非人」なところあるから、こういう話は大好きである。
 今まで読んできて、ずっと「イマイチ」だったトマス・ハーディの短篇だったけれども、この短篇はいい。生きる希望をもらったような気もする(笑)。