ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『苦役列車』(2012) 西村賢太:原作 いまおかしんじ:脚本 山下敦弘:監督

 「この映画って、過去に観てるんじゃないかな?」と、今は非公開にしてある古いわたしのブログ日記を検索してみると、なんと公開当時に映画館でも観ているし、その後「ひかりTV」かなんかでも観ていて、そのときに「昔観ていたなんて、これっぽっちも記憶してなかった」などとわたしは書いているのだけれども、それから6年後ぐらいにこうやって観て、やっぱりわたしは「これっぽっちも記憶していない」のだった。まあ、4~5年前から十数年前にかけてのわたしの「記憶障害」も重症で、この時期はわたしの脳の「空白期間」ではあるだろう。

 さてわたしは、西村賢太によるこの映画の原作も読んでいたらしいのだが、上に同じくまったく記憶していない。つまりまあ、この映画については何もかも「初めて」という感覚で観るしかなかった。

 それでこの映画、つまりは「ダメダメダメダメダメづくし」のどうしようもない19歳の男を主人公とした、けっこうストレートな「青春映画」だと思った。
 主人公の北町(森山未來)は父の性犯罪のせいで一家離散し、高校に進学しないまま中卒で「日雇い仕事」をつづけて生活している。友だちも彼女もいない。それでも読書は好きなのだが、けっきょく稼ぎは風俗(覗き喫茶?)通いと酒で消えてしまう。家賃も払わず「立ち退き」も迫られている

 そんな北町が、日雇い仕事の移動バスで同年の学生の日下部(高良健吾)と知り合い、毎日昼の弁当をいっしょに食べるなど、仲良くなってしまうだね。

 北町はいつも行く古本屋のバイトの女の子の桜井康子(前田敦子)に惹かれていて、そのことを日下部に話すと、日下部は北町を連れて店に入って行って桜井に「コイツの友だちになってやって下さい」と言い、彼女から「いいよ」との承諾をもらう。

 思いのほか「順調」といえば「順調」な成り行きだけれども、北町には「中卒」のコンプレックスもあるし、そりゃあ「性欲」もあるし、まあ金はないし、なかなかに「順調」に行くわけもない。それでも、北町と日下部と桜井の三人、いっしょに海辺に出かけて下着になって泳いだりという、「夢」のようなシーンもある(このシーンは「愛すべき」)。

 桜井も異常な読書家で(桜井の部屋の本棚、はっきり言って「これはびっくり」の、「異常な量」であった)、北町と話も合うところもあったのだが、けっきょく欲望にあふれた北町は雨の日に外で桜井を押し倒したりするし、さらに日下部と日下部の彼女に会ったとき、とんでもない性的なことを語るし、日下部に貸してあった金も返さないし、日下部から「絶交」を申し渡される。

 荒れた北町はスナックで暴れてボッコボコにされ、身ぐるみはがれて放り出されるのだけれども、ブリーフいっちょうで路地を彷徨う北町は、やがて海辺にたどり着き、そこに日下部と桜井がいて、北町を呼んでいるのだった。

 まあラストには「突然の空間ワープ」もあり、北町は「オレは小説を書く!」と目覚めるのだが。

 西村賢太の原作は、思いっきり「私小説」として書かれていたはずで、「コレはオレの物語なのだ」という視線が強烈だったように思うのだが(いや、まったくこのことは確かではないが)、この映画では作者の視点イコール北町に重なるというのではなく、まさに「こういう世界もある」というような、ユニークな(底辺から眺めた)「青春モノ」と見られると思った。
 また、若い日に北町のような生活をしていたという人もいっぱいいることだろうし、わたしだって(短期間とはいえ)、北町のような「日雇い」の仕事をやった体験もあるから、そのあたりのこの映画の描写には共鳴もする(ただし、そんじょそこらの「日雇い」労働者に、資格の必要な「フォークリフト運転」を任せるということはあり得ないと思うが)。

 きったないシャツから体臭が匂ってきそうな、不穏な空気に包まれた北町役の森山未來は、その目付きからしてちょっとヤバくって、日下部はよくこんな男に声をかけたなとか、桜井は「友だちになってやってくれ」と言われてよく「ウン、いいよ」と言ったものだと思うが、実は北町とはちょっと「住んでる世界が違うんだよね」というか、「階級差」を感じさせる好青年日下部を演じた高良健吾もいい(なんでこんなハイクラスな男性が「日雇い労働」をしているのかというのは「謎」だが)。そして、今では黒沢清作品で「この人、すっごくいい!」と思わせられることになった前田敦子がまた、「実はすっごい読書家」で「それでも北町みたいな男をダイレクトに嫌うこともないよ」という振幅のある女性を、みごとに演じていたと思う。

 そして、こういう題材をみごとに「青春映画」と仕上げた、山下敦弘監督の演出もやはり好きだ。特にこれは鶯谷あたりだろうけど、絶妙の屋外ロケーションを見せてくれた気がする。