ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『殺人者の烙印』パトリシア・ハイスミス:著 深町眞理子:訳

 イギリスでの原題は「A Suspension Of Mercy」というもので、日本では1966年に早川書房から『慈悲の猶予』というタイトルで最初の邦訳が出ている。それをこの新訳の訳者の深町眞理子さんが、『慈悲の猶予』では内容に誤解を与えるとして、『殺人者の烙印』という邦題にしたもの。まあちょっとオーバーなタイトルではないかという気もするが。

 前に読んだ『ふくろうの叫び』は、男女間の奇妙な行き違いから「事件」が引き起こされたのだけれども、主人公の男性は神経症的な性格で、これが奔放な性格の前妻と離婚しているのだが、この前妻は絵描きではあり、彼女の異様な行動から事件が起こる。まあ『ふくろうの叫び』には他にも登場人物があり、それらの人物らが複合してしまうところがある。

 この『殺人者の烙印』は、まだ離婚していない夫婦がメインのストーリーだけれども、やはり妻は「絵描き」で奔放な性格。夫のところから外に出てせいいっぱい遊びたいというところがあるようだ。それで夫はサスペンス小説のまだ売れない作家で、妻との関係がうまく行かないと「妻を殺してしまう」という空想癖があり、そんな「空想」を次回作に活かそうという気もちがある。
 妻はちょっとしたいさかいから家を出て、2~3ヶ月は戻らない気でいて、そのあいだに別の男といっしょに暮らしたりしている。もちろん夫には連絡を取らないし、親や知人にも何も言わないまま。
 夫はそんな出て行った妻を「自分が殺した」つもりになり、その死体を古い絨毯に包んで森の奥に埋めてしまうことにする。じっさいにその絨毯を運び出して埋めるのだが、その行為を隣家の老婦人に見られてしまう。警察は夫の犯罪を疑うわけだが、妻の死体は発見されない。隣家の老婦人は夫の犯行を疑っているわけだけれども、不意に訪れた夫に驚愕して心臓の病で死んでしまう。
 夫は「これは真相を究明して自分の無罪を証明しないといけない」となるし、妻の方はいっしょに暮らす男が何とも煮え切らない男で、どうも思い切った決断が出来ない。そんな中、夫は妻の行方を突き止めるのだが‥‥

 ここでも、夫の脚本をいっしょに仕上げるパートナーの作家だとか、夫婦の共通の友人、妻の両親などが登場して、ややっこしい話になる。
 やはり、ハイスミスにとっては「絵を描く女性」というのは剣呑というのか、その奔放さが命取りになるだろうか。後悔したときには遅いのだ。
 『ふくろうの叫び』のように、どこか神経症的な夫は、その神経症的な性格が幸いして危ういところで救われる。まあ話としては『ふくろうの叫び』の「救いのなさ」にこそ「一日の長」があると読んだが、これはこれで面白い小説だとは思った。