ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『四谷怪談』(1959) 三隈研次:監督

 「日本人の誰もが知っている怪談」といえば、この「四谷怪談」ではないのか(今は『リング』の方が有名かもしれないが)。四谷には「於岩稲荷田宮神社」(俗にいう「お岩稲荷」)があり、この物語は実話なのではないかと思われてしまうようだけれども、田宮家もお岩も実在していたらしいが、このような奇譚伝説は残されていないという。

 実のところ、この怪談噺の原典は1727年に書かれた「四谷雑談集」の一挿話らしく、それを基に鶴屋南北が『東海道四谷怪談』を書いたらしい。これは歌舞伎狂言で、初演は1825年のこと。
 つまり、以後の「四谷怪談」はその『東海道四谷怪談』を基にしているわけだけれども、このストーリーをあれこれといじったヴァリエーションがいろいろと映画化されていたりする。
 基本、その鶴屋南北の『東海道四谷怪談』をちゃんと映画化したものはそのまま『東海道四谷怪談』というタイトルで、ストーリーを改変したりされているものはただの『四谷怪談』だったりするみたいだ。

 というわけで、わたしが観たこの三隈研次監督の『四谷怪談』、鶴屋南北版のストーリー通りではない。脚本は八尋不二によるもので、この人は依田義賢と共に溝口健二の『山椒大夫』の脚本を書いた人でもある。主演は伊右衛門長谷川一夫、お岩は中田康子が演じている。
 まあ当時の時代劇のトップスター、長谷川一夫の主演ということからも、彼が演ずる田宮伊右衛門が「お岩を殺害した極悪人」ということにはならないだろう、という想像はつくわけで、「ではどういうふうにストーリーをいじるのか」というあたりに興味がわく。っていうか、わたしも正統な『東海道四谷怪談』のストーリーはよく知ってはいないのだけれども。

 観終わってみると、この作品では伊右衛門はほとんど「悪人」ではない。確かに酒におぼれ仕事も探さずにだらしない側面もあったし、お岩の愛情をうとましく思っているふうでもあった。しかしお岩に櫛を買ってやったときには本当にお岩への愛情からだったし、「東海道四谷怪談」などと違って、お岩を自分の手にかけて切り殺したわけではないし(この映画ではお岩の死因はある意味「事故死」なのだ)、さいごに伊右衛門とお岩を離縁させようとした悪だくみ一味を退治するというのも、妻のお岩をおとしめた怒りからではある。まさに当時のスター、長谷川一夫が演ずる「伊右衛門」像ではあるだろう。

 一方のお岩も、「東海道四谷怪談」では自分を殺した伊右衛門を恨んで「うらめしや~」と登場するわけだけれども、この映画でのお岩の恨みは伊右衛門の心を奪おうとしたお梅、そして謀略をめぐらした男たちに対してのものであって(権力ある侍の娘であるお梅が伊右衛門に一目惚れし、そんなお梅が伊右衛門といっしょになれるように、周囲の悪人どもが謀略をめぐらすのだ)、じっさい亡霊としてあらわれるのは伊右衛門への愛情ゆえ、とも考えられる。前半に描写されるお岩の伊右衛門への愛情の深さにはいじらしいものがあるし、彼女の死ぬ間際の執念は、「伊右衛門に捨てられまい」という執念。「怖いシーン」というのでもないが、彼女が小平と密通していたとの虚言を信じ、また変わり果てた彼女の容貌をおそれて彼女を退けようと廊下を行く伊右衛門を、「見捨てないで下さい」と廊下に這って追いすがるシーンは強烈で、溝口健二の映画にこういうシーンがあったと思い出しもしたが、この作品の方が凄まじい描写と思え、わたしにはこの作品の白眉の場面であった。さすがに三隈研次。
 そしてやはり、顔も崩れ、髪も抜ける「幽霊」の姿になったお岩さまは恐い。「伊右衛門殿、うらめしや~」などと語るわけでもないけれども、何も言わずにフッとあらわれる姿。その場面設定とか照明の具合とか、見事だと思った。桶の中から手がにゅっと伸びてくるのなんか、もう「幽霊」の基本形だろう(『リング』の貞子も、このヴァリエーションとも思える)。

 あとおかしいのは伊右衛門に惚れたお梅のスベタぶりで、伊右衛門と飲んで伊右衛門にしなだれかかるときの様子は、良家の子女だというにまるで安キャバレーのホステスみたいで、笑ってしまうのであった。

 ラストは伊右衛門も御堂の観音像の前で息絶えるわけだし、伊右衛門も成仏したことだろう。そこまでお岩の着ていた着物をしっかりと伊右衛門は持って来ていたのだけれども、伊右衛門が倒れたあとにフッとその着物が浮き上がり、伊右衛門の遺体の上にかぶさるのなんか、死せるお岩の魂の清らかさも思わされ、わたしもホロリと涙を流したのだった。

 映画を観終わってから調べて知ったのだけれども、2015年の「東京国際映画祭」のときのインタビュー記事で、「黒沢清監督が選ぶ『日本の幽霊が怖い映画』ベスト1」には、この三隈監督の『四谷怪談』が選ばれているのだった。「『四谷怪談』はいろいろな監督が撮られていますが、三隅研次監督のこれが一番怖かったな~。とにかく、お岩さんの出方と、顔が本当に怖かったですね」ということです。
 ちなみに、その第2位には、森一生監督の『四谷怪談 お岩の亡霊』(1969)が選ばれていた。これも観ることできるから、いずれ観てみようかと思う。