ワニ狩り連絡帳2

前世のワニ狩りの楽しい思い出。ネコのニェネントとの暮らし。

『謎の天才画家 ヒエロニムス・ボス』(2016) ホセ・ルイス・ロペス=リナレス:監督

 タイトルを見るとヒロエニムス・ボスの生涯に迫る作品みたいに思えるけれど、(彼の生涯を紹介する場面もあるが)あくまでもボスの作品『快楽の園』をメインに、ギャラリスト、美術作家(蔡國強!)、小説家(オルハン・パムク!)、音楽家ウィリアム・クリスティ!)らがその魅力を語り合うドキュメンタリーで、映画のオリジナル・アイディアはボス研究家のラインダー・ファルケンブルグによるもの。

 このボスの作品を、今の世のわたしたちは『快楽の園』というタイトルで呼ぶけれども、実はそのタイトルは後世になってつけられたタイトルで、どうやら描かれた当初は『多様な世界』というタイトルだったらしい。
 ボスの生前の資料は乏しいけれども、はっきりしているのは当時のネーデルランドにあったキリスト教友愛団体の「聖母マリア兄弟会」に所属し、その会の依頼で作品を製作していたらしいということ。
 そのことはつまり、この『快楽の園』(『多様な世界』)もまた、ボスの自由奔放な想像力によって産み出された作品と考える前に、その「聖母マリア兄弟会」の教義にそって描かれたもの、と考える必要性もあるだろう。

 じっさい、このドキュメンタリーで語られるのも、『快楽の園』で描かれた世界は決してその世界を肯定して描かれたものでもないだろう、ということである。確かに右のパネルの「地獄」の絵は肯定的な世界でないことは誰もがわかるが、中央パネルが言われるように「性的快楽」をあらわしているとしても、描かれている人物の表情には生気がなく、それは決して「喜びの世界」ではないのだ。
 また、左パネルは「エデンの園」を描いたものとされるが、そこでイヴの手を取っている「神」の姿は、「神」というよりはもっと人間的で、それは「キリスト」に近似しているのではないかと言う。絵としては奇異な描写でもない「まっとう」な主題ではあるが、その描かれ方の中にはボス独特の(「聖母マリア兄弟会」の?)宗教観があらわされているのか。

 近年レンブラントの絵でやられて新しい発見があったように、この『快楽の園』もまたエックス線による撮影がされ、大きな「描き直し」があったことがわかっている。その描き直し前の絵を見ると、完成後よりもダイレクトに、あるキリスト教宗派の教義を否定してもいるらしい。

 余談。作品の中で、『快楽の園』のあちこちに描かれた「ウサギ」を探す場面があったけれども、その中で正面から描かれたウサギをみて「これはトトロじゃないのか?」「『トトロ』の作者もまた、きっとこの『快楽の園』を見たにちがいない!」な~んて語るシーンがあった。わたしはそこまで「トトロ」に似てるとは思わなかったけれども、こ~んなところにも「トトロ」が引き合いに出されるということに、驚いてしまった。